Takayuki   125

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Takayuki   125

「母さん、俺、テスト明けたら今までよりちょっと帰りが遅くなるから……」  夕食時にそう声をかけると、母は「ふーん」というような顔で俺を見た。 「部長になると仕事が増えるって感じ?」 「あ、いやそうじゃなくて、こ……」  後輩を、と言いかけた、…けど。 「……恋人を家に送ってから帰ってくるから……っ」  茶碗に目を落としたまま早口で言った。心臓がバクバク言ってて、今口に物を入れても飲み込める気がしない。 「ふふふふふ……。やぁっと言ったわね、貴之」 「え……?」  思わず目を上げると母がニヤニヤ笑いながらこっちを見ていた。 「気付いてるわよ、あんたに恋人ができたことくらい。だってこの前うちに連れて来てたでしょ? 駅前のパン屋に寄ってから」 「え…でも……」  確かに保科くんを連れて来たけど、でも…… 「『貴之くんがすっごい可愛い子連れて来てたわよ』ってパン屋の奥さんから聞いたのよ。別の知り合いにも『貴之くんがめちゃくちゃ可愛い子連れて、見たことないぐらい嬉しそうな顔して歩いてた』って、『あれはどう見ても恋人同士だったわよ』って言われたのよね」 「うわ……マジで?」 「マジで」  母はにっこり笑ってる。  顔、あっつい 「いつ言ってくれるのかなぁって待ってたの。嬉しいわ、今度紹介してね。ボーイッシュなすごく可愛い子だったってみんな言ってたから楽しみ」  ボーイッシュな……  ゴクリと唾を飲み込んだ。口を開けたら心臓が飛び出してくるんじゃないかと思うぐらい動悸がすごい。  でも言わないと。  俺だけ親に隠しておくわけにはいかない。 「……あの、母さん」  やばい。初めて保科くんのお母さんに会った時と同じくらい緊張してる。 「ん? なに? 貴之」  母は普通に食事を続けながら俺を見た。    なんて言われるだろう  反対されんのかな  反対されたってどうしようもないんだけど  ふっ、と一つ息をついて腹に力を入れた。母の顔をまっすぐ見る。 「……俺の恋人、後輩の男子…なんだけど……」 「あ、そうなんだ。お名前は?」 「保科琳くんって……、あの、母さん?」  つい、まじまじと母を見た。 「なに? 相手の性別にどうこう言うほど頭カタくないわよ? 貴之が好きになって、相手の子も貴之を好きになってくれて付き合ってるんでしょ? すごいじゃない」  じっと目を見ながら言われて狼狽(うろた)えた。 「両想いだからって必ず恋人同士になれるわけじゃないでしょ? どっちかが、もしくは2人ともが能動的に動かないとそうはなれないもの。だからそれは頑張った証だと思う」 「…母さん……」  そんな風に言われるとは、思ってなかった。 「……まあ、事故に近い感じだったんだけどね」 「ん? 告白が? だとしても、きちんと伝えられたから今があるわけでしょ? 言えない人は言えないもの、絶好のタイミングがきてたって。告白されるのは慣れてるんでしょうけど、するのは勇気がいったでしょ。ましてや同性だし」  ねぇ、って母が笑う。軽く頷いて応えて、味噌汁を一口飲んだ。 「貴之からこんな話が聞ける日がくるなんてねぇ」 「…しみじみしないでよ。余計恥ずかしい」 「はは、そっか。ごめんごめん」  その後も母に保科くんのことを色々訊かれた。  気恥ずかしい思いで答えながら、保科くんも俺のことを訊かれてるのかな、とか思った。  結局両方の母親に話したと将大に言ったら、「相変わらず展開早ぇな」と笑っていた。
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