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 雨はどんどん強くなって、日曜は朝から土砂降りだった。 「今日はちょっと……、無理そうだね、会うの」 『…そうですね』  やや沈んだ声がスマホから聞こえた。 「じゃあさ、保科くん。今日はビデオ通話付けっぱなしにして勉強しない? デスクの前に立てかけといて」 『え? あ、はいっ。あ、でも……』 「やっぱ嫌? 監視っぽい?」 『じゃなくて……、ずっと見ちゃいそうで……』 「はは、そっか。そしたら俺もずっと見ちゃうかも」 『あ、そっか。こっちも見えるんですよね』  ちょっと恥ずかしいね、って言い合いながらビデオ通話にして、お互いの顔が見えるようにセットした。 「『うわぁ……』」  思わず漏れた声が重なって、画面越しに目を見合わせて笑った。 「机の上に小さい保科くんがいてすごく可愛い」 『小さい秋川先輩も…カッコいい…ですよ?』 「これからさ、夜もこれにしない?」 『はい』 「ていうか何で今までやってなかったんだろうね」 『あはは、そうですよねー』    スマホをチラチラ見て、ぽつぽつと喋りながら勉強するのは結構楽しい。  ……けど。 「これもいいけどさ、やっぱ会いたくなるなぁ」 『ですよねー』  画面の中の保科くんが、ちょっと淋しそうに笑った。  夕方になってやっと雨が止んだ。  声をかけられたらしく横を向いた保科くんが、スマホに向き直って両手を合わせた。 『先輩、お母さんが買い物手伝ってって言うから出かけます』  ごめんなさいって言うから、謝んなくていいよと応えた。 「うん、分かった。じゃ俺走ってくる」  だから気にしないで、ぐらいの気持ちで言った。 『はい。気を付けて行ってらっしゃい』  澄んだ声が耳にスーッと入ってきた。 「え……」  スマホから光がこぼれるように見えた、保科くんの笑顔。  その笑顔が「ん?」って感じになった。 「……もっかい言って? さっきの」 『え? あ…えっと、行ってらっしゃい?』  初めより少し照れたように保科くんが言ってくれた。 「うん、ありがとう。行ってきます。保科くんも気を付けて行ってらっしゃい」 『あ…はい。行ってきます』 「じゃ今日は『せーの』で切ろっか」 『はい』 「また後でね、『せーの』」  赤いアイコンをポンと押すと保科くんが消えた。 『行ってらっしゃい』なんて、親にも生徒会の先輩なんかにも言われる聞き慣れた言葉なのに、保科くんに言われるとなんでこんなに嬉しいんだろう。  なんか昨日から保科くんにいっぱい幸せをもらってるなぁ。  いや、昨日からじゃないな。出会ったあの瞬間から、保科くんは俺に色んなものを与えてくれてる。  保科くんに出会ってなかったら、今の俺は確実に無い。全然別の人間になってたと思う。  改めてしみじみと、保科くんに出会えた幸せを噛み締めながら家を出た。
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