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『先輩あのね』  夜の通話。スマホの画面の中から保科くんが俺に話しかけてくる。  この言い方、めっちゃ可愛いんだよなぁ 「ん? なに? 保科くん」  やばい、ビデオ通話だからニヤニヤしてんのも見えるんだ 『明日、お母さんが「お昼ご飯うちで食べない?」って。テスト午前中で終わるから……』 「え?」 『土曜日に先輩ん家でお昼ご馳走になったでしょ? だからって言ってるんですけど……。でもたぶん先輩とご飯食べたいだけだと思います……』  なんかちょっと申し訳なさそうな顔で、保科くんが言った。 「そうなの? でもそう言って頂けるならご馳走になっちゃおっかな」  俺がそう応えたら、保科くんは「はい」って頷きながら、でも微妙に唇を歪めた。 「ん? どしたの? 保科くん」  ちらっと画面を見た上目遣いが可愛すぎる。 『……お母さんと一緒……恥ずかしい……』 「あ…それは、うん。俺もこの前正直恥ずかしかったし……。でもさ」  小さな画面の中の愛しい恋人を見て、また神様に感謝する。 「幸せな恥ずかしさだよね」 『あ……うん……』  こくんと頷く仕草が可愛くて、この通話録画しとけばよかったとか思った。  朝も昼も夕方も保科くんに会えていたテスト発表期間が終わり、朝会って昼から夕方まで一緒にいられたテスト期間も終わってしまった。  ただひたすら勉強してたんだけど、目を上げれば保科くんがいて物凄く幸せだった。 「あれ? 坂井部長?」 「違う違う。おれはただの先輩。部長はお前」  学食で保科くんと昼食を取って、生徒会に顔を出してから部室に来たら坂井部長がいて驚いた。やっぱり俺の中ではまだ『坂井部長』だ。 「引継ぎやんなきゃなと思ってさ。練習の方は橘がいるし大丈夫だろ?」 「あ、はい」 「おけおけ。秋川は中学でも部長やってたし、まあ心配ないっつーか余計なお世話かもしんねーけど、慣例だから一応聞いて、な?」  ははって笑った坂井部長に「いいえ」と応えて、仕事内容の説明を受けた。 「そうそう。部長も副部長も、1人も反対意見出なかったぞ」  強い眼差しで見つめられてドキッとする。 「ま、予想通りだけどな」  そう言ってニヤッと笑った坂井部長は「お役目終了ーっ」と伸びをした。 「でもよかったな、あの子、保科くん。お前あんだけ女子にキャーキャー言われても無反応で、どんだけ理想高けぇんだよって思ってたけど納得した」  坂井部長はガハハと笑って俺の背中をバンと叩くと「頑張れよ」と言って部室を出て行った。  体育館に入ってキャットウォークを見上げたら、保科くんを真ん中に岡林と坂井部長がいて、その隣には小野もいた。 「おー、来たか貴之。コートが広いぞー」  将大が苦笑いして言った。 「だなー」    追いかける背中がなくなってしまったという実感がようやく湧いてきて、体育館の暑い空気を胸に吸い込んで一気に吐いた。  
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