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T 13
ドキドキ、ドキドキ胸がうるさい。
「あ、君、受かったんだね、おめでとう。お名前は?」
やっぱり咄嗟に気の利いたことなんか言えない。声がひっくり返らなかっただけ上出来だ。
ていうか大丈夫だったのか?今ので。怪しかったか?!
何ヶ月も前の、ほんの数十秒の出来事を覚えてるって、もしかして怖い?!
やばいっ! うわっ、頼む、怖がらないで……っっ!
頭の中がぐるぐるしながら、どうにか笑いかけてみた。
うわ可愛いーーーー……っっ
夢にまで見たあの子が、まん丸の大きな目で俺を見てる。
ほんのりと頬がピンクになってるの、ほんとめちゃくちゃ可愛い。
よかった、「何この人」みたいな顔されなくて。
「……あ……の……」
男子にしてはちょっと高めの掠れた声が、小さめの口からこぼれた。
声かわい……
「うん?」
可愛くて目が離せない
「……ホシナリン……です……っ」
あーっ 可愛い可愛いっ
声めっちゃ可愛い 名前も可愛い
「ホシナリンくんね」
どんな字だ?
「……あ、あった」
これか。
保科琳
名前の漢字まで可愛らしいな。
「1年4組だよ」
まさか来るなんて、しかも名前も分かって、話しもしてしまった。
チェック入れるのがシャーペンだったら絶対芯折ってる。
神様、いるのかよなんて思ったこと、謝ります。ごめんなさい。
「はい、これを持って昇降口で自分の靴箱に靴を入れて、体育館に行ってください。矢印通り行けば大丈夫だからね」
プリントを渡す手が汗ばんで、しかも震えてしまいそうになった。
ありがとうございます、神様。本当にありがとう。
保科くんはプリントを受け取って、でもまだ俺の前にいる。
どうしたのかな? 俺の説明解りにくかった?
ん?って思っていたら、
「保科、行くぞ」
隣で受付をしていた男子生徒が、保科くんの腕をぐいと引いた。……そして。
え?
一瞬、俺のこと睨まなかったか?
……気のせい、だよな?
睨まれる覚えもないし、普通いきなり先輩にガンつけたりしないだろう。
ふわふわしていた気分がスッと冷えた。
さっきまで保科くんの立っていた所に、次の女子生徒が立っている。
すっと息を吸い込んで、ふぅと吐き出す。
そうだ、仕事仕事。
「入学おめでとう。お名前は?」
それにしてもラッキーだったなぁ。
でも保科くん、絶対うちは本命じゃないと思ったのに、あの体験入学の後で何があったのかなぁ。
「秋川くん、ごめん」
何人か受付を済ませた時、後ろから肩を叩かれた。
「大沢先輩?」
「私と交代。流れが滞っちゃってるからね」
「え?」
くいっと腕を引かれて、大沢先輩と入れ替わった。周りがザワッとした。
「やっぱこうなるよねー」
渡部先輩が少し振り返って俺を見て、苦笑いをした。
やっぱ、って?
「秋川くんとこ、女の子で大渋滞」
そういえば、ずっと女子ばっかりだった。
列が延びてるのは気付いてなかった。名簿と目の前にいる新入生しか見てなかったから。
正直なところ、頭の中は保科くんでいっぱいで、周りを見渡す余裕なんか全然なかった。
とりあえず体育館に行くか。
保科くんの席、4組のどのへんかな。
俺が椅子に名前貼ったの、1、2組だからなー。
体育館後方の入口から入って、4組の席の近くに立っている会長を目指して歩く。
4組の近くを通れる。ラッキー、って。
あ、あれ、保科くんだ。端の席。
きょろきょろしてる。かわいー……。
できることなら、ずーっと見ていたい。
まあ、そういう訳にはいかないんだけど。
会長が興味本位で俺を受付に立たせたと分かっても、むしろそれで良かったと思った。
おかげで保科くんと話せたし。
今日は神社に寄ってから帰ろう。少し遠回りになるけど。
お賽銭、奮発して百円入れて感謝を伝えてこよう。
うわー、でもそうか。
保科くん、うちの高校に来たのか。
入学式の間中、心臓がとくとくと跳ねていた。
自分の立ち位置が保科くんより前なのが、とても残念だった。
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