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 いつものように昇降口で待っていたら、早足の足音が聞こえてきて秋川先輩が現れた。 「お待たせ、保科くん。ごめんね」 「え?」  待ち時間がそんなすごい長かったわけじゃない。 「理沙ー、ごめん! 日曜ナシで」  すぐ後に来た橘先輩が顔の前で両手を合わせて岡林先輩に謝った。 「そっか、上までは聞こえなかったんだね。テストでずっと部活なかったからさ、土日両方1日中練習になって……」 「あ……」  聞こえなかった、ていうか聞いてなかった。  秋川先輩が申し訳なさそうに眉を歪めて、もう一度「ごめん」って言った。  2日間、会えない……  背後では橘先輩が岡林先輩に「ごめんごめん」って言ってて、岡林先輩が「もー!」って怒ってる風の声で応えてる。  ううん、て首を横に振った。 「……しょうがない、し……」  物分かりのいいフリをして言ってみた。勝手に口角が下がっていくから無理やり上げる。 「ほんとごめん。怒っていいよ。無理に平気そうにしなくていいんだよ、保科くん」  優しい声で言いながら、秋川先輩が片腕で抱きしめてくれた。 「……テスト終わったら1日中って……言ってたのに……」 「うん、うん、ごめんね」  2人っきりは無理だろうなとは思ってたけど……。 「土日は見にも来られないし……」 「うん、そうなんだよね……。残念ながら」  大きな手が宥めるように僕の頭を撫でた。そして肩を抱いてゆっくりと歩き始める。  もう梅雨明けも間近で、夕方になっても蒸し暑くて、でもくっついていたい。  橘先輩たちは腕を組んで少し前を歩いていた。 「……2日、長い……です……」 「うん、長いよね。せめて半日だったらなぁ……」  ふぅってため息をついた秋川先輩を見上げたら、先輩も僕を見下ろして苦笑いを浮かべた。  わがまま、言いたい 「……途中下車、して?」 「ん?」 「会いたい、から……夕方、僕ん家の駅で下りて……?」  先輩のシャツを引っ張りながら上目に見つめた。秋川先輩が切れ長の目を見開いて僕を見て息を飲んだ。 「……やば、かわい……」  ぐいっと肩を抱き寄せられて、歩きにくいのも幸せ。 「僕、駅まで行くから、だから……」 「うん分かった。連絡する。俺も会いたいし。……それにしても」  秋川先輩が少し僕を覗き込んでくる。 「可愛すぎない? 保科くん。も、ほんと……」  先輩の唇が僅かに耳に触れた。 「連れて帰りたい……」  潜められた優しくて柔らかい秋川先輩の声。それに少しの欲の色を感じた。 『2人っきりのタイミングがきたら……抱きたい』  あの言葉、ずっとずっと頭の中に残り続けてる。だからすごい頑張って勉強した。気を抜いたら、そのことばっかり考えちゃいそうで……。  テスト終わったの、嬉しいけど困る。  何考えて誤魔化してればいい?  分かんないことばっかりで、でも誰にも訊けない。    嫌じゃない。だけどちょっと怖い。 『抱きたい』がこの前の触れ合いよりも濃密なことぐらいは分かってる。  うっすらとこうじゃないかなって思ってることを調べるのが恥ずかしい。  揺れる車内で、秋川先輩の腕をぎゅっと抱きしめた。先輩が「ん?」って顔して僕を見下ろす。    ……でも  大好き……だから大丈夫  ううんって首を横に振って笑いかけたら、先輩はうんうんって頷いてた。
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