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「……相手間違えてんぞ、保科」  僕から目を逸らしながら内野がボソッと言った。 「あの、えっと……、内野に話したいことがあって……」  目を逸らされると話しにくくなる。 「2人とも、ちょっとあっちに移動しようか」  秋川先輩が駅の建物の隅の方を指差して言った。僕は頷いて、内野は仕方なく、という顔をしてそこに向かった。  俯いたままの内野に向き合うと、内野がため息をついた。  僕のこと嫌なのかな。そういえば内野、最近すぐ部活の友達の方に行っちゃうんだよね。  スッと息を吸い込んだ。お腹に力を入れる。  秋川先輩は一歩下がったところで僕たちを見ていた。 「あのさ、内野。えっと……、気付いてるとは思うんだけど僕……」  ドキドキ、ドキドキと忙しなく心臓が脈打って声が出にくい。  内野が下唇をギリッと噛んだ。僕は努めてゆっくりと呼吸をしながら口を開いた。 「……あ、秋川先輩と……付き合ってる……」  内野の、部活Tシャツを着た胸の動きがピタリと止まった。数秒間はそのまま、そして深く息を吐き出した。 「……ん、知ってる……」  掠れた低い声で内野が絞り出すように言った。なんでこんなに苦しそうなんだろう。 「ちゃんと内野に言ってなかったなって思って……。ありがとね、内野。星ヶ丘に誘ってくれて……」  言い終わる前あたりから、内野が首を何度も横に振った。 「……別に、最終的に決めたのは保科だろ。礼はいらねぇから」  俯いたままの内野がため息混じりに言う。 「でも……」 「いいんだよ、オレがいいっつってんだから。つか先輩待たせてんなよ。部活1日中やってその上で途中下車してくれてんだろ。じゃな、オレ帰るから」  軽く手を振った内野は俯いたまま秋川先輩の方に向いて頭を下げて、そして足早に帰っていってしまった。 「……内野、顔上げてくんなかった……」  秋川先輩が僕の肩をぽんぽんと優しくたたく。 「まぁ……、うん……」 「……嫌われちゃったのかなぁ……」 「それはないよ」  はっきりと言われて、秋川先輩を見上げた。先輩が微笑みながら頷く。 「大丈夫。嫌いなら立ち止まって話なんか聞かない。サッカー部も朝から部活で、しかも外だからね。早く帰りたいはずだと思うよ。だから大丈夫、ね?」  秋川先輩に優しく諭すように言われると、そうかもしれないと思えた。  内野の気持ち分かるのすごいな、秋川先輩。 「ね、保科くん。この前のファストフード行こっか、暑いし」  ね、ってもう一回言って、秋川先輩が僕の背中にトンと触れた。 「はい」  青い部活Tシャツの先輩が、目を細めて僕を見下ろす。 「?」  なんでだろう。秋川先輩が少し切ないような表情を見せた気がした。  気のせい、かな?  その後の先輩は、いつも通りに見えた。 「坂井部長はやっぱすごかったんだって思ったよ」とか、柔らかい声で話してくれた。  周りのお客さんたちが秋川先輩をチラチラと見ては何かコソコソと喋っていたけれど、相変わらず先輩は全然気にしていないみたいだった。  僕は紙コップを持つ秋川先輩の、骨張った大きな手ばっかりを見ていた。
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