Takayuki   134

1/1
前へ
/145ページ
次へ

Takayuki   134

「「あ……」」  土曜の夕方、部活帰りの駅のホームで内野くんに会った。  下りる駅が同じだから乗るポイントが同じになる。  内野くんは「なんでここで乗るんだよ」って顔をして俺を見た。 「……つか、なんでここで下りるんすか」  同時に下車した俺にたまりかねたように内野くんが言った。 「用が…あるから……?」  保科くんと会うから、とはさすがに言わなかった。 「用って、あ……」  でも内野くんはすぐに気付いたようだった。  もしかしたら、あの時に幾らかの覚悟を決めたのかもしれない。  というより、いつかきっと保科くんにその話をされる、と腹を(くく)っていたんだと思う。  だとしても、正直見ている方もかなりキツかった。  保科くんは内野くんの気持ちにほんとに気付いてないんだな。  その、知らないからこその発言を、内野くんは多少邪険な感じはするものの最後まできちんと聞いていた。  やっぱメンタル強いな、内野くん。  夜、保科くんに電話する前に松岡にかけた。確かサッカー部もこの土日、丸一日部活だと職員室のホワイトボードに書いてあった。 「明日、内野くん荒れるかもしれないからごめん」と言ったら「いや、謝んなくてもいいけど……、そっかぁ……」と苦笑する声が聞こえた。 「「……」」  日曜日、前日と同じようにホームで内野くんに会った。 「……今日も会うんすね、保科と」  存外落ち着いた声で内野くんが言った。 「ああ、うん……」 「そういうの、どっちが決めるんすか?」  淡々とした調子で訊いてくる内野くんは何を考えているんだろう。 「……今回は保科くん、かな」 「へー……。そういう我儘みたいなの言うんすね、あいつも」  内野くんが僅かに笑う。 「言うよ。まあ我儘のうちに入らないと思うけど」  どの程度話していいのか迷う。これ以上内野くんを傷付けたくはない。 「甘やかしてそうっすね、保科のこと」  チラッと俺を見上げた内野くんは、またすぐ視線を落とした。 「あいつ、ほんと何に対しても関心薄くて、友達付き合いも淡白で、中学ん時の夏休みとか冬休みとか、オレから声かけないと1日も会わずに終わりそうだったのに……。それが今は土日会えないの耐えられないってなんなんすかね」  眉を歪めた苦笑いが少し痛々しいけど、こういう愚痴っぽいことを俺に言えるくらいには回復してるのかもな。 「……そっか、俺の知らない保科くんだ」  そう言ったら、内野くんがまた俺をチラリと見て口角を上げた。 「あいつ、めっちゃくちゃ可愛かったっすよ? 中学ん時」  ふふん、と言わんばかりの顔で内野くんが言う。 「……体験入学の時驚いたよ。こんな可愛い子いるんだ、って」  内野くんの表情が明るくなってきてホッとした。 「でも……」  今度は俺をじっと見ながら内野くんが呟いた。 「秋川先輩といる時が、今までで一番可愛いっすよ、保科は……。口惜しいけど」 「内野くん……」 「オレ、保科のこと可愛いってずっと思ってたけど、口に出して言ったのは今が初めてなんすよね」  照れくさそうに笑う内野くんが、鼻の頭の汗を手で拭った。 「女子は、山田とか保科のこと可愛い可愛い言ってて、男子も保科ぐらい可愛かったらアリだなとか冗談混じりに言ってて……。でもオレは本気だったから言えなかった」  切ない笑みを浮かべて内野くんが噛み締めるように言う。俺はもう何も言えなくて、その顔をただ見ていた。 「……先輩、オレ電車1本後のに乗ります」  そう言って、内野くんは俺を真っ直ぐに見上げた。 「あ…うん」  電車の到着を報せるアナウンスが流れて、内野くんは「失礼します」と言って後ろに下がっていった。  乗り込んだ電車の車内から見た内野くんは、少し首を傾げ気味に俯いてスマホを見ていた。  今日も階段の下で待っていた保科くんは、俺を見つけてにこっと笑った後、きょろきょろと視線を巡らせていた。 「お待たせ、保科くん。内野くんは同じ電車じゃなかったよ」 「あ……、そうなんですね。会ったら何て声かけたらいいか、ずっと考えてたんですけど……」  少し眉を下げて保科くんが言う。 「今まで通りでいいんじゃないかな? 構えなくても」 「そ…ですか?」  上目遣いで訊いてくるの、可愛い。  本気だったから言えなかった、か…… 「だと思うよ? 俺は」  内野くんの砕け散った恋心の破片が胸に刺さって痛い。 「じゃあ、そうします、明日」  えへへって笑って保科くんが言った。  俺はその笑顔を見下ろしながら、俺に刺さった分、内野くんの痛みが軽減されていればいいなとか思っていた。
/145ページ

最初のコメントを投稿しよう!

302人が本棚に入れています
本棚に追加