T      136

1/1
前へ
/146ページ
次へ

T      136

「ごめん、保科くん。ちょっと暑いんだけどこのまま話させて」  昼休み、いつもの空き教室に入って保科くんを抱きしめた。  閉め切った室内は当然暑くて、じわっと汗が滲んでくる。  でも腕の中に抱きしめた保科くんは、嫌がることもなく俺の胸に頬を寄せると、細い腕で俺を抱きしめ返してくれた。 「あの…さ……」  やばい。すっごいドキドキしてきた。  これ絶対聞こえてるよな、保科くんに。 「次の日曜、うちの両親朝から出かけて夕方まで帰って来ないんだけど……」  声を潜めて保科くんにそう告げると、保科くんは俺を抱きしめてる腕の力を強めた。  シャツ越しに胸にかかる保科くんの息が熱い。 「…それで……、この前言ったこと…なんだけど……」  俺に抱きついたままの保科くんが、うんと頷いた。 「……大丈夫…かな?」  保科くんがぴくっと身動いだ。そしてもう一度小さく頷いた。  でも、ぴったりとくっついてるから顔が見えない。 「……無理してない?」  また保科くんは、うんって頷いた。 「ほんとは怖いとか……」  保科くんが首を横に振って、サラサラの髪が俺のシャツにぱたぱたと当たった。 「…だ、だい…ぶ……だから……っ」  掠れた声で保科くんがボソボソと言う。 「ん? ごめん、もっかい……」  聞き取れなくて細い肩を撫でて訊くと、少し顔を上げた保科くんが上目に睨んできた。大きな目がうるうると揺れてて、顔は全体に赤い。 「保科くん?」 「…何回も訊かないで……っ」  そう言った保科くんは、また俺の胸に顔を伏せてぎゅっと抱きついてきた。 「あ…ごめ……、ごめんね。恥ずかしかったね」  うん、てまた腕の中で保科くんが頷く。  訊くの恥ずかしいって思ってたけど、訊かれる方も恥ずかしいんだった。 「ごめんごめん」と繰り返しながら抱きしめたら、保科くんが俺のシャツの背中部分を握り締めたのを感じた。 「……じゃ、あの……、日曜、うち来てくれる……?」  ドキドキしすぎて声が上擦ってカッコ悪い。  でも保科くんは、うんて頷いてくれた。 「ありがとう……。大好きだよ」  抱きしめてる保科くんの体温が上がってホカホカになってる。  またちょっと顔を上げた保科くんが、頬を真っ赤に染めて俺をじっと見上げるとボソッと呟いた。 「……ぼくも……だいすき……」  うわ……っ 「…か…わいいねぇ、保科くんほんと……っ」  ぎゅうぎゅう抱きしめたら、保科くんも負けじと俺を抱きしめ返してくれて、幸せすぎて溶けてしまいそうだ。  全身がしっとりと汗ばんで、さすがに暑いねと言い合って、腕を解いて窓を開けた。 「……なんか……一週間がすっごい長くて、あっという間に日曜が来そう……」 「先輩それ、どっちなんですか?」  保科くんが可笑しそうにくすくす笑う。 「自分でも分からない。保科くんは?」 「……僕も…分かんないです……」  窓から僅かに入る風は温くて、2人で暑いねって言いながら弁当を食べた。保科くんの弁当に付いてた猫型の保冷剤が汗をかいてる。 「今週どうやって過ごそうかなぁ……」  割と本気で呟いた。 「ですねー……」  眉を下げた保科くんと「ね」と見つめ合う。  めちゃくちゃ照れくさい  保科くんも恥ずかしそうに笑ってる。その頬に手を伸ばした。  あまり焼けてない滑らかな白い肌を指の背で撫でると、ゆっくりと瞬きをした保科くんが俺をまっすぐに見た。 「……でも、すっごい幸せ……」  その視線を受け止めて囁くと、保科くんの大きな目が更に丸く可愛らしくなって、それからふわっと微笑んだ。 「……僕も……」  小さめの唇から、俺の好きな少し掠れた高めの声がこぼれる。  保科くんの黒い髪を指で梳きながら、丸い頭をそっと引き寄せた。  なんの抵抗もせず身を委ねてくれるのが嬉しい。  ごく軽く、触れるだけのキスをして、また見つめ合った。  窓の外からは、蝉の声が聞こえていた。
/146ページ

最初のコメントを投稿しよう!

302人が本棚に入れています
本棚に追加