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 あれ? 「眞美ちゃん、どしたの?」  金曜日の放課後、体育館のキャットウォークに行くと、岡林先輩と一緒に眞美ちゃんがいた。 「芽依ちゃんとサッカー部見に行ってたんじゃなかったの?」  サッカー部っていうか内野を。 「それがねー……」  眞美ちゃんが、隣に立った僕に頭がくっつきそうなほど身体を寄せてきた。 「芽依ちゃんね、内野くんにはっきりフラれちゃったの」 「え?!」  ボソッと言った眞美ちゃんが僕をじっと見た。 「内野くんにね、『付き合えないけど、どうしても好きな子がいるからごめん』って言われたんだって。で、1人になりたいから帰るって」 「え、え、え?」  内野に? 好きな子?! 「てことで、あたしはちょっとバスケ部見て帰ろーって思って」  そう言って眞美ちゃんは柵に手をかけてコートを見下ろした。 「内野くんは難しいと思うよって、あたしはずっと言ってたんだけどねー」  眞美ちゃんが口の中でボソボソっと呟く。 「え?」  よく聞こえなかった。 「あ、琳ちゃん。内野くんに『誰が好きなの?』なんて訊いちゃダメよ? 傷口抉ることになるから」 「ね?」って強い目で眞美ちゃんが言う。 「あの気の強い内野くんがそんな言い方するってことは、ほんとに無理なのよ。だからそっとしといてあげましょ」  もう一回「ね?」って念を押すみたいに言われて、うんと頷いた。 「……なんで、言ってくれなかったのかなぁ、内野」  ちょっと凹む。 「みんながみんな、友達に恋愛相談するわけじゃないんじゃない?」  でも眞美ちゃんはなんでもないことみたいに言った。 「そっか……、そうだよね」  ちょっと心が軽くなる。  僕も、誰にも言わなかった。  ていうか言えなかった。  ……内野は、どっちだったのかな。  眼下のコートで秋川先輩が他の部員に指示を出してる。そして自分もドリブルしながら走り出した。  好きな人と付き合えるってすごいことなんだな  なんて、改めて思った。 「えー、皆さんお疲れ様です」  練習の終わった体育館に、秋川先輩の声が響いた。凛とした強い声。  僕と話している時は、もっと柔らかくて優しい声になる。 「明日の練習試合ですが、東門前に8時半集合ですので遅れないようにお願いします」 「練習試合は見に行けないもんねー」  隣に立ってコートを覗いてる岡林先輩がボソッと言う。眞美ちゃんは「ラッシュに入る前に」って帰って行った。 「見たいですよねー、全部」 「ねー。なんかね、坂井先輩が引退するまでの朋美見てたら、ほんとちゃんと見とかないとなーって思って」  ちょっとしんみりした表情で岡林先輩が言った。 「……僕も、おんなじこと思いました。それ……」 「ねー……。1秒1秒が宝物だもん……」    キャットウォークの柵に両腕を乗せて、コートを覗き込みながら言った岡林先輩の頬を、汗が一滴流れ落ちた。 「夏休みの練習も、見に来れたらいいのに……」 「ほんとねー。保科くん、秋川くんに言ってみてよ、ダメもとで」  ラベンダー色のハンドタオルで汗を拭きながら岡林先輩が笑って言う。 「じゃあ言ってみます。ダメもとで」  下からバスケ部員たちの揃った太い声が聞こえて部活が終わった。  あ!  秋川先輩上向いた! わーい!  軽く手を振ってくれるから、僕も振り返す。橘先輩と岡林先輩も手を振り合ってた。  あれ? 斉藤だ。秋川先輩に何か話しかけてる。  あ、シュートのコツ? みたいなの訊いてるのかな。  そうだな。先輩がやって見せてあげてる。  ……なんか、いいなぁ…… 「保科くん、口がアヒルになってるー。うらやまし?」  岡林先輩に訊かれて、小さく頷いた。  全体の練習の時はなんとも思わないのに、終わってから個人的に訊いてるのは、なんかモヤッとする。 「そーゆーの、溜め込まずに秋川くんに言った方がいいよ」 「え?」 「そーゆーちっちゃいキズがね、いつかおっきいヒビ割れになったりするから」  岡林先輩が笑って、でもいつもより真剣味のある顔で言った。 「……でもウザくないですか?」  ただの部活の延長なのに、うるさいなって…… 「あの秋川くんが、保科くんをウザいなんて思うと思う?」 「お…もわ……」  ないって言うのは自惚れすぎな気がする。 「あはは。自信持ちなよ保科くん。そこははっきり思わないって言うところー」  岡林先輩が軽い力でパンパンッて僕の背中をたたいた。 「大丈夫。秋川くんは絶対ちゃんと受け止めてくれるよ」  斉藤が大きな声で「ありがとうございました」って言って体育館を出ていって、秋川先輩はスリーポイントシュートの練習を始めた。  橘先輩が秋川先輩にボールを投げて渡しながら、2人は明日の練習試合の話をしている。 「なんかー、楽しそーだよね。ちょっと難しい顔してるけど」  岡林先輩が、ふふっと笑いながら下を見て言った。 「はい」  秋川先輩の投げたボールは、綺麗な放物線を描いてゴールに吸い込まれていく。  橘先輩が秋川先輩にボールを投げるふりをしてそのまま自分がドリブルを始めて、秋川先輩に1on1を仕掛けた。 「うわぁ、私たちしか見てないの、もったいないね」 「ほんと……っ」  大きな手のひらにボールが吸い付くような自由自在なドリブル。  クルクルと身体をターンさせ、一瞬の隙をついてシュートを放つ。 「あんなに走り回った後なのにねー。楽しそうな顔して……」  ダンスのステップを踏むような足取りに、疲れなんか全然見えない。  秋川先輩のレイアップシュートが決まったところに顧問の先生が来て、今日はおしまいになった。
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