T      14

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 去年入学した時、他学年に会う機会が少ないことにホッとした。  最上級だった中3から、また最下級の高1になることに少なからずストレスがあった。部活に行けば先輩たちに会うんだけれど、校舎内では学食とかに行かなければ、あまり上級生に会わずに済んでいた。  だから。  保科くんに全然会えない。  2年になったら、1階上の1年の教室になんか行かないし、1年の教室のあるフロアにある特別教室に行くにも、俺の教室からは1年の教室の前を通らないルートで行けてしまう。わざわざ別のルートを通るのは不自然すぎる。  毎日、この上の階にいるのになぁ、って思いながら天井を仰ぎ見る。  週に一回、朝礼の時だけ、少し顔を見ることができた。  生徒会役員は先に体育館に来ているから、入ってくる姿を見られる。  自分が壇上に立つ時は、今までにないほどドキドキしてしまうようになった。  あの、保科くんの仔猫みたいな可愛らしい目が俺を見上げてくるから、そっちばっかり見たくなるのを堪えて、手元のメモと整列している生徒たちの頭を見ていた。  保科くんは学食とか行かないのかな。1年生だし行かないか。  でももしかして。  そんな風に思いながら、何回か学食に行ってみたけど、会わなかった。  朝は朝練で一般の生徒より早いし、放課後は部活や生徒会で遅い。  接点がなさすぎて泣きそうだ。 「最近ため息多いな、貴之」 「え?」  昇降口で外体育用のスニーカーに履き替えていたら、将大に言われた。 「新学期始まってすぐはこの世の春みてぇな顔してたのに、徐々にトーンダウンしてんじゃん。何かあった?」  少し心配気な表情で、ボソッと訊かれる。 「いや……、ていうか俺、そんな態度違う?」  気を付けてるつもりなんだけど。 「んー。いや、んなことねぇよ? おれは分かるけど。付き合い長ぇし」  スニーカーの紐を軽く直して立ち上がった。 「……何かあった、ていうか……。何もない、ていうか……」 「え?」 「なんでもない……」  昇降口から出てグラウンドに向かう。  頭上から女の子のきゃあきゃあ言う声が聞こえた。  声が遠いから1年生かな。  そう思って声のする方を見上げた。  また「きゃー」って声が上がる。  あれ? 「おー、やっぱ人気者だなぁ、貴之。可愛い1年生女子たちが手ぇ振ってるぞ」  見上げた時、一瞬見えたこっちを見下ろしていた小さい顔。  保科くん、だった……気がする。  眩しくてよく見えなかったけど、たぶん。 「秋川せんぱーい」  でもすぐに引っ込んでしまった。 「体育頑張ってくださーい」  女の子が下見てるから何かと思って覗いてみて、「なーんだ」って思った、って感じか。  だよなー……。男の子だもんなー。男には興味ないよなー……。 「ほら、またため息」  将大にポンと背中をたたかれてハッとした。 「例のほぼほぼ叶わない願望ってやつか? なんならおれも一緒に神社行こうか?」  デカい手で俺の肩をがしっと抱いて、将大が俺を覗き込んで言う。   神社……神頼み……。そうだ。 「……いや、神サマはさ、もう結構頑張ってくれてんだよね」  絶対来ないと思ってた保科くんが、うちの学校に来た。 「へぇ、そうなんだ?」  だから、こっからは自分で頑張らないといけないんだと思う。 「まあ……『ほぼほぼ』が『ほぼ』ぐらいにはなったかなって感じ」 「そっか。良かったじゃん」  将大が俺の肩に回した手で、肩先をポンポンとたたいた。  偶然会えるのを待っていたら、2年があっという間に過ぎてしまう。  保科くんと親しくなりたい。できれば連絡先も欲しい。  何の繋がりもない1コ下の男の子と、どうやったら仲良くなれるんだろう。  部活でも委員会でもないのに先輩となんか喋りたくないよな、普通は。  うわー、どうしよ  って悩んでんのも、ほんの一ヶ月ぐらい前の俺からすれば夢みたいな話だよなぁ。  そんなことにも気付けなくなってた。 「ありがとな、。将大」 「あん? おれ何もしてねぇけど?」  ちらっと俺を見て将大が笑う。 「でも俺は助かってるから、ありがと」 「ふーん」と言った将大が、うんうんと頷いた。  真っ青な空に、授業開始のチャイムがキンコンと鳴り響いた。
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