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「……あのね、先輩」 「ん?」  駅へと向かう道、秋川先輩の腰に回した手で、シャツをぎゅっと握る。  暑いけど、先輩に「どうする?」って訊かれて、その腕の中に飛び込んだ。  くっついてる所全部が汗ばんで、でも離れたくない。 「ぶ、部活終わった後で斉藤にシュート教えてたでしょ?」  ほんとに大丈夫かなって思いながら、恐る恐る口を開いた。心臓がドクドクして、暑いのに手先が冷たくなってくる。  秋川先輩が僕を見下ろした。 「……あれ…なんか……、ちょっと……やだった……っ」  尻窄(しりすぼ)まりに言い終わるあたりで、ぎゅっと肩を抱き寄せられた。 「……可愛い。やばい」  先輩がボソッと言った。 「……ウザくないですか……?」  と、と、と、とって心臓が鳴ってる。 「とんでもない。こんな可愛いこと言われて、どうやったらウザいなんて思えるの?」  ふふって笑った先輩が、僕の頬に掠めるようなキスをした。  外なのに……でも嬉しい 「後で個別にってね、特別感出ちゃうもんね。やだったね」  僕の肩を抱いている手が、ポンポンとあやすように動く。 「ごめんね。ああいうこと、これからもあると思う。その度に嫌な思いさせちゃうの、ほんとに申し訳ないと思うよ。だから毎回こんな風に『やだった』って言って、ね?」  優しくて柔らかい声で、ゆっくりと秋川先輩が言ってくれたから、うんて頷いて応えた。 「でも……、たぶん、もうだいじょぶ、です。今、聞いてもらったから……」 「そう? 他にも何かあったらすぐに言うんだよ? ちっちゃいことでも何でも」  また、ぐっと抱き寄せられる。 「すれ違いたくないんだ、保科くんと」 「ね?」って念を押されて、「はい」と頷いた。  言ってよかった。  橘先輩と腕を組んで前を歩いてる岡林先輩が、チラッと振り返ってにこっと笑った。僕は「ありがとうございます」の気持ちを込めて頭を下げた。岡林先輩は秋川先輩の方にも視線を向けた。 「あ」  そうだっ 「ん?」 「あの……っ、夏休みもバスケ見たい、ですっ」  秋川先輩を見上げて、さっき岡林先輩と話していたことを言ってみた。  ダメもと ダメもと 「そ…れは考えたことなかったな」  切れ長の目を見開いて言った秋川先輩が、フッと考え込む顔になって「なぁ将大」と橘先輩に呼びかけた。 「夏休みの部活の見学って可能だと思うか?」 「あー……、どうだろうな。聞いたことねぇけど」  橘先輩が歩くスピードを落として、4人で固まってゆっくりと進む。 「前例がないからって、ダメって決まったわけじゃない、よな?」  秋川先輩と橘先輩が視線を合わせてニヤリと笑った。 「まぁ、そうだな」 「だよな。俺、顧問に掛け合ってみる。保科くん、明日の帰りにでも顧問と話してみるから待ってて、ね」  秋川先輩が強い目をして笑って言う。  この人に付いて行けば大丈夫、そう思わせてくれるような笑顔。 「はい!」 「わーい。頑張ってね、秋川くん!」  岡林先輩が橘先輩の腕をぎゅうっと抱きしめながら言った。 「あ、あと……」 「ん? なに? 言ってごらん?」  また肩をトントンと優しくたたかれる。 「練習試合も見たい……です」  秋川先輩を上目に見ながら言うと、先輩が「ははっ」って笑った。 「そっかー……、そっかそっか、うん。そっちはね、相手のあることだからどうなるか分かんないけど、でも……うん。それも相談してみるよ」  うんうんて頷いて微笑んだ秋川先輩が格好よくてくらくらして、先輩の腰に回した腕に力を込めた。 「明日は間に合わないから、ごめんね?」  片眉を歪めて謝る顔も格好いい  ううんって首を横に振ると、大きな手で頭を撫でてくれた。 「急に忙しくなったな、貴之」 「お前も一緒に動くんだよ、将大。副部長なんだから」 「え、あ、そっか」 「やだ。しっかりしてよ、そーたくん」  岡林先輩が橘先輩の腕を揺らしながら笑ってる。 「ま、でもまずは明日の練習試合に勝つことだな。勝って機嫌のいい顧問と話した方が話もスムーズだろうし」 「だなー。よし! パワーチャージだっ」  そう言って橘先輩が岡林先輩をガバッと抱きしめた。岡林先輩が上を向いて「あはは」って笑う。 「……俺は後で貰おっかなー。ね、保科くん」 「あ……」  見上げたら、熱い瞳と目が合った。  どくん、と胸が跳ねる。 『抱きたい』  秋川先輩を上目に見つめたまま、うん、とぎこちなく頷いた。  先輩の唇が「うわっ」って動いた。 「かわいー……。その顔で明日めっちゃ頑張れる」  自分こそキラッキラの笑顔で言った秋川先輩が、僕を覗き込んでくる。  その目をじっと見つめた。 「うん。がんばって」 「うわ、ちょっとやっぱ無理……っ」  もう駅前なのに秋川先輩が僕をぎゅうっと抱きしめた。 「あはは! また2人でジャレてるし」  岡林先輩がワザとかなって感じのおっきめの声で言って、橘先輩と2人で笑って、僕たちがフザけてるみたいにしてくれてありがたかった。
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