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 日曜の午前中の電車はそんなに混んでなくて、ドア脇のスペースに立つことができた。ポールに掴まって立っている保科くんの伏せたまつ毛が長い。  横顔もめちゃくちゃ可愛いな、…って、ん?  視線……?  座席を挟んで、隣のドア脇に立っている男がこっちを見ていた。  保科くんを見てる。  苛立ちと優越感が同時にやってきて、そいつをチラリと見遣ると目が合った。 「ね、保科くん」  そいつと視線を合わせたまま呼びかけて、そして保科くんに視線を移した。  走行音で聞こえにくいのと、車内では声を潜めるという暗黙のルールをいいことに保科くんに顔を寄せていくと、保科くんがきゅるんとした目で俺を見上げた。  かわいい 「今日ね、母が昼用にサンドイッチ作ってくれてるんだけど、他に何か食べたい物ある? あ、冷たいコーンスープもあるよ」 「え、あ……えっと……」  保科くんが戸惑ったように視線を泳がす。 「ん? また甘いパンとか買ってく?」  囁きかけながら、またチラリと隣のドアの方を見ると、さっきの男がサッと目を逸らした。 「…た、べられるか、わかんなくて……」  細い手がおずおずと伸びてきて、また俺のTシャツの裾を掴んだ。 「…も、ずっと……ドキドキ、してて……」  うわ……っ 「そ…っか……、そだね、うん……分かった……」  俺の胸ももうずっとドキドキ、ドキドキと強く跳ね続けている。 「…じゃあ、真っ直ぐうち、行ってい……?」  そう問うと、保科くんは俺を見つめながらぎこちなく頷いた。  頬がほんのりと色付いている。  誰にも見せたくないぐらい可愛くて、周り中に見せびらかしたい。  乗り換えの駅に着いて、保科くんの肩を抱いて電車を下りた。さっきの男がまたこっちを見ていて目が合った。外は当然暑くて、でも保科くんは俺の腰に腕を回した。  周りの視線とか大丈夫かなって思わなくはないけど、離れられるわけがない。  保科くんの額に、鼻の頭に丸い汗の粒が浮いて可愛くて、タオルでポンポンと拭いてやったら上目遣いで俺を見て、にこっと笑うのがどうしようもなく可愛らしかった。 「うわ、もう33度だって。やばいね」  駅前の電光掲示板には時刻と気温が表示されている。まだ駅舎の影の中だけど十分暑い。 「あ、僕、日傘持ってるんです」  そう言いながら保科くんがトートバッグから黒い折り畳み傘を出した。 「2人で入れるかなぁ」って言った保科くんの手からその折り畳み傘を取って広げていく。 「保科くんが影になればいいし大丈夫じゃない? 濡れるわけじゃないし」  まだ10時前だけど、太陽はもう随分高い位置まで昇っている。 「ていうか俺、日傘って差したことないんだけど」  この位置なら傘は真上でいいだろうと思って差してみた。 「あは、ですよね。あんま男子は差さないですよね。でもね、涼しいんですよ?」  ちょっと得意気に教えてくれる保科くんが可愛い。 「それに……、くっついてても、日傘に入ってるからって思ってもらえるんじゃないかなって思って……」 「え……」  俺を見上げてこそっと言った保科くんが、えへへって笑った。  めっちゃくちゃ可愛い、いたずらっ子天使だ 「……ははっ、保科くん天才!」 「ほんと?」  俺が頷くと、満面の笑みで保科くんが俺の隣にピタッとくっついて立った。 「暑いから日傘に入っていこうね」  なんて言ってみる。 「はい」  2人してクスクス笑う。保科くんといるとほんと楽しい。 「へぇ、確かに涼しいね。直射日光当たんないだけで全然違う」 「でしょ? あ、でも秋川先輩、結構お日様当たっちゃってますね」  お日様って言い方、可愛いな 「ん、大丈夫だよ。普段はガンガン浴びてるから。そういえば保科くん、あんまり焼けてないよね」 「僕、赤くなるだけで日焼けしにくいんです」 「ふーん……」  ちらっと見下ろした保科くんの、白いパーカーの襟元から覗く細い首。  一瞬ヨコシマなことを考えてしまって、目を逸らした。  やばい……  ただでさえ余裕ないのに…… 「……先輩は焼けてますね」  うわ……っ  保科くんが、日傘を持ってる俺の腕をスッと撫でた。 「……外、走ったりするからね」  ドキドキしながら自宅への坂道を登っている。 「こんなに違う」  そう言って、保科くんが自分の腕を俺の腕に添わせた。汗ばんだ肌が触れ合う。  細くて白い、保科くんの腕。 「そうだね」  その腕をこの後……
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