T      21

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「ちょっと秋川くん! 2−1、先輩に対して容赦なさすぎない?!」  ドッジボールの対戦相手だった副会長の大沢先輩に詰め寄られた。ドッジボールは割と余裕でうちのクラスが勝ってしまった。 「志穂、そういうの取り締まるために生徒会がパトロールしてんだから、パトロールしてる本人が後輩シメるのやめて」  ちょうど通りかかった笹岡会長が、大沢先輩を「どうどう」って宥めてくれてる。 「だって綾乃。うちのクラス、もうミニソフトもバスケも負けちゃったのよ。だから頑張ってたのにーっ」  普段クールな大沢先輩が、勝負事にこんなに熱くなるとは意外だったな。 「はいはい。落ち着いてね、志穂。秋川くんごめんねー」  小柄な笹岡会長が割と背の高い大沢先輩の腕を取って連れて行くのを、少し不思議な気持ちで見送った。 「次、大縄だよな。つーかめっちゃいい匂いしてんな、学食。そっか今日11時半から開くんだっけ」  腹減ったー、って言いながら体育館から出た将大が、廊下の先にある学食の方を見たから、つられて視線を向けた。  あ、保科くん!  あまり視力は良くないけど、なぜかすぐに分かった。  大人数で学食の方へ向かってる。そうか、1−4は午前のゲーム全部終わったんだ。  みんなで学食で食べるのか、それとも購買で買って教室に戻るのか。  って、あ……っ  セミロングのまっすぐな髪の女の子が、保科くんの腕を取った。  そのまま腕を組んで歩いて行く。  ドクンと胸が鳴った。ギリッと奥歯を噛む。  あの女の子は、いつも保科くんと一緒にいる子だ。  仲良さそうだなとは思ってた、けど……でも……。  慣れた様子で歩いて行った2人。周りが冷やかしもしなかったのは、あれが日常の風景だからか?  去年の秋からこの春までの間に、何度も繰り返し見たあの悪夢が脳内で再生される。 「貴之? どうした? グラウンド行くぞ」  将大に声をかけられてハッとした。周りのクラスメイトも俺を見てる。 「あ……、ああ、うん」  慌てて将大を追いかけて横に並んだ。  保科くんを見かける時、たいていあの女の子もいた。いつも並んで喋りながら歩いてた。  ドクン、ドクン、ドクンと、嫌な感じの動悸がしている。  付き合って……るのかな、あの子と。  今あの感じってことは、中学から付き合ってて、一緒の高校入ってってことか?  でもそれなら、あの体験入学の時のやる気なさげだった様子とか、なのにうちに入学してきた理由とかは……?  たまたまあの頃ケンカしてた、とか? それかあの時は彼女の第一志望もうちじゃなかったのか……? 「たーかーゆーき! どこまで行くんだよ、靴箱ここ」  ぐいっと腕を引かれて我に返った。将大が俺の腕を掴んだまま、軽くため息をついた。 「心ここにあらず……、だな、貴之」  耳元でボソッと言われて、ぶわっと首筋に汗が浮いた。  駄目だ、こんなんじゃ……  俯いてスニーカーに履き替えて、将大の後に付いて歩いた。  大縄跳びをやってるグラウンドの中央付近へ向かっていると、将大の彼女の岡林が俺たちに気付いて手を振ってきた。 「そーたくんっ! 秋川くんも。バスケ勝ったんでしょー? おめでとー!」 「おー、理沙サンキュー。まだ1回戦だけどな」  将大が岡林の頭をポンと撫でた。岡林は笑いながら将大の腕に腕を絡めた。  ……腕を組むのは、やっぱり付き合ってるから、だよな。  変な動悸が続いていて、ずーんと身体が重くなってくる。  やばい。まだゲームあるのに。でも気持ちの切り替え方が分からない。  こんな状態でゲームに出て負けたりしたら申し訳なさすぎる。 「……岡林、悪いんだけど、昼、将大貸してくれる?」 「え?」 「ん?」 「作戦会議。2回戦も勝てるように」  頼む、と手を合わせて岡林を見たら、岡林は将大の方を見て、将大が頷いたら「ふーん」な顔をした。 「おっけー。てゆーか、バスケ部員が本気出しちゃダメでしょ、ホームマッチで」  岡林がくすくす笑いながら言う。 「本気出さずに勝つための作戦を立てようかなって。どんなゲームでも負けるのは嫌だし」 「だなー。遊びだって言われても負けんのは嫌だ」  将大が少し唇を歪めて言った。顎に皺が寄ってる。 「はいはい。うん、分かった。負けず嫌いだもんね、2人とも。じゃ、頑張ってねー、行けたら見に行くし」 「ありがとう、ごめんね」 「ごめんなー、理沙」  2人が手を振り合って別れるのを、「ほんとごめん」と思いながら手を合わせて見ていた。 「拝むな拝むな。御利益なんかねぇぞ」  将大がそんなことを言って笑う。 「ごめんな?将大」 「いいっていいって。秘密の作戦会議は人の来ない所でやんねーとな。貴之、今日弁当?」 「あ、うん、そう」 「おけおけ。あー、ほら、今終わった。誰だ足引っ掛けたの」  将大が眩しそうに目の上に手で庇を作りながら大縄跳びの方を見て言った。口元が笑っている。 「よーし、昼飯行こーぜ」  俺の肩にがしっと腕を回した将大に促されるままに、俺は校舎に向けて歩き始めた。
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