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Rin 26
なんでもっと速く走れないんだろう……っ
始まっちゃう始まっちゃう! 秋川先輩のバスケのゲーム!
高く高く飛んだ白いソフトボールはファールボールで、その後は1球も打てなかった。マンガなら「スカッ」っていう擬音が付きそうな空振りを、お祈りポーズのまま「よしよし」って思って見てた。
ほんとにごめん、クラスのみんな。
そして結局その回に1点も取れなくて、めでたくって言うとほんと申し訳ないんだけど、5回裏は無しでゲームは終了した。
「あ、あの僕トイレっっ」
そうウソをついて校舎に向かって走り出した。後ろから「え? 琳ちゃん?!」って眞美ちゃんのびっくりしてる声が聞こえた。
速く速くっ
昇降口へ向かう低い階段を2段飛ばしで駆け昇って、タイルで滑りそうになって「うわっ」ってなって、バタバタと大慌てで靴を履き替えようとするんだけど、なんでかすぐに脱げない。胸がドキドキ、ドキドキしてて酸素が足りなくて、頭が回ってない気がする。
癇癪を起こしそうになりながら、どうにか上履きに履き替えて、走る寸前くらいの早歩きで体育館に向かった。
速く 速く 速くっっ
あ、すごい! 女の子の声! 体育館から溢れてきてる!
ボールの音と走る足音も聞こえる。
見えてきた、体育館の入口。バスケは手前でやってる。走ってる人たちが見えた。
もうだめっ 走るっっ
ホームマッチだしザワザワしてるし大丈夫っっ
こんなに苦しいのに、どうして走れるんだろう。
駆け込んだ体育館の中は、空気が圧縮されてるみたいな熱気に包まれていた。
どこ?! 秋川先輩っっ
「貴之っ!」
思わず声のした方を見た。たくさんの女の子の隙間から、背の高い先輩がパスを出すのが見えた。
そのボールが飛んだ先。
あっ あっあっあっ
高い位置のパス。秋川先輩がバシッと受けたボールを、長い腕で押し出すように投げた。
ジャンプが高い!
息が、止まる。
……か……っこいーーー……っっ
秋川先輩が床に降り立った。その先輩の足元を中心に、波紋が広がるような幻が見えた。
うわっと歓声が上がる。
はい……った? 入った!!
得点係の人が2−1の点数をめくった。
秋川先輩、みんなに叩かれてる。
わっっ
目がっ 目が合っちゃったっっ
咄嗟に俯いたけど、秋川先輩の表情は連写したみたいにしっかり脳に記録されてる。
すっっごい格好よかった……っっ
なんでこっち見たんだろう、秋川先輩。
またバタバタと足音がし始めて、足裏から振動を感じた。
視線だけ上げて前を見る。たった3分しかないゲーム、ちゃんと見ないと勿体ない。
あ、あの背中秋川先輩だ。赤いテープ、肩んとこに貼ってる。
すごい囲まれちゃって走りにくそう。さっきシュート決めたから?
格好よかった。3ポイントシュート。僕はゴールまでボールが届いたことがない。
コートを走る秋川先輩を夢中で見ていたら、ピーッてホイッスルが鳴ってみんな走るのを止めた。
あ、前半終わったのか。
ぐっと握ってた手のひらが汗ばんでる。ジャージのお腹のあたりで手を拭いた。
秋川先輩とおんなじくらい背が高くて、ちょっとコワい感じの先輩が、秋川先輩の肩を抱いてぐいっと向きを変えさせた。
こっち見ないでっっ
見られたら、僕が秋川先輩を見られない。
「はい、後半始めまーす」
ピーッとホイッスルが鳴った。
ゲームが始まったら大丈夫かな。ていうか、なんでさっきこっち見たの?
出入口だから、誰か見に来る予定なのかな。
って、あっすごい! ジャンプ高い!
そっか、バスケ部員はドリブルしちゃいけないのか。だから目印の赤テープ貼ってるんだ。自分のクラスの時はこんなに真剣に見てなかったから気付かなかった。
でも、パスしかできないのに、秋川先輩ともう1人のちょっとコワい先輩の2人がゲームを支配してる感じがする。
格好いい。目が離せない。
バスケってこんな格好いいんだ。
普通にドリブルもできるゲームも見たい。
あっっ!!
秋川先輩の大きな手が、バシッとボールを受け取った。ダンッて力強く床を蹴って、高く跳びながら長い腕を伸ばしてシュートを打つ。
すごい綺麗……っっ!!
ボールは吸い込まれるようにゴールリングをシュパッと通った。
「よっしゃ! 秋川3本目!!」
えっ 1本目も見たかったっっ
立て続けにもう1本、あのちょっとコワい先輩がゴールを決めた。
相手のチームの3年生が半笑いで怒ってる。
「貴之!! 最後!」
また強いパスを受けた秋川先輩がシュートを打って、スパッとゴールリングを通った時ゲームが終わった。
勝った……っ 秋川先輩っっ
やったっっ!
「あー! ほらやっぱここだ、琳ちゃん!」
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