379人が本棚に入れています
本棚に追加
R 3
「琳ちゃんありがとう! プリント飛ばしてくれて!」
「わっ」
体験入学が終わって星ヶ丘高を出て少しした時、後ろから来た眞美ちゃんにぎゅうっと抱きしめられた。
「なになにっ?!」
「琳ちゃんのおかげで秋川先輩近くで見られたっっ。てゆーか琳ちゃん、先輩になんて言われてたの?」
「え?」
「ほら、耳元で何か言われてたじゃない。プリント拾ってくれた時」
眞美ちゃんが両腕で僕を抱きしめたまま訊いてくる。正直ちょっと歩きにくい。
「……あの人、アキカワ先輩……っていうの?」
『退屈?』って訊いた声が甦ってくる。
「あ、そっか。琳ちゃん知らないのか。女子の間では有名なんだけど。あとバスケ部と」
ようやく僕から腕を離した眞美ちゃんが、今度は腕を組みながら言う。
「秋川先輩はねー、私たちの1コ上で第二中のバスケ部の部長やってたんだよ、保科くん」
僕たちの前を歩いてる伊藤さんが振り返って教えてくれた。
「へー……」
ってことは今高1。
「秋川先輩がいた頃は、試合会場が女の子でいっぱいでね。敵チームの学校の子まで秋川先輩の応援しちゃうから『第二中とは当たりたくない!!』ってうちのバスケ部の男子も言ってたんだよね」
ねーって女の子たちが笑う。
「全然知らなかったぁ。サッカー部しか見に行ったことないし」
行ったけど、相手校のことなんか覚えてないんだけど。
「内野くんサッカー部だったもんね」
「内野くんも人気あったよね」
「おーいお前ら、歩くの遅すぎ。電車遅れっぞー」
「あ、ウワサをすれば内野くん」
前を歩いていた内野が戻ってきて、眞美ちゃんの反対側から僕の肩に腕を回した。
「保科、どうだった?星ヶ丘。オレはいいなーって思ったけど」
内野が僕を覗き込むように訊いてくる。
「あ……うん。いい、と思った…よ?」
どこが、とは言えない。
「そっかそっか、よかった。じゃ、高校も一緒だな、保科」
やけに嬉しそうにそう言った内野が、僕の肩をぎゅっと引き寄せた。
年末に向けて、どんどん時間の進み方が早くなっていって、あっという間に年が明けて、模試を受けたり、面接の練習をしたり、なんかずっとドキドキしていた。
僕は体験入学の時のあのプリントを、お守りとしてずっと生徒手帳に挟んで持っていた。
そして3月、バクバクと心臓が爆発しそうになりながら合格発表を見た。
「……った、やった!受かったぁー!!」
嬉しくて涙が出るってほんとだったんだ……っ
母も「よかったね」って言って一緒に泣いていた。
「わーっ、琳ちゃんも内野くんも制服似合うねー!」
「ありがと。眞美ちゃんも似合ってるよ」
4月、入学式。
もう何日も前からずっとそわそわしてしてる。
体験入学にいたんだから、入学式にもいるかもしれない。生徒会の人たち。
そう思うと気が急いて、早く学校に行きたくて、内野と眞美ちゃんに「混むのやだから早めに行こうよ」って言ってしまった。2人ともフツーに「いいよ」って言ってくれた。
「結局山田ともまた3年間一緒かー」
「なに? 内野くん、何か文句あるの?」
僕を間に挟んで内野と眞美ちゃんが言い合ってて、でも僕はそれを聞き流しながら、目だけで周りをキョロキョロ見回していた。
あ! いた!!
遠目でも、半年ぶりでもすぐ分かった。
胸がギュンとなって息が止まっちゃう。
入口の前に置かれた長机の所で、来た人に何かプリントを渡したりしてる。
秋川貴之先輩。
体験入学の後、女の子たちがフルネームを教えてくれた。
長机にいるのは4人。秋川先輩は右から2番目に立ってる。
やっぱりすっごい格好いいっ
秋川先輩からプリント貰いたい……っ
「はい、次の人ー。名前を教えてください」
右端の先生がそう言って、内野がその前に進んだ。机の上に名簿みたいなのがあってチェック入れてる。内野の隣に立っている僕の方に、秋川先輩の視線が動いてくる。
ドキン ドキン ドキン ドキン
覚えて……ないよね、僕のことなんか……
合格発表を見た時よりも強く胸が鳴って、心臓が口から出てきちゃうんじゃないかと思った。
「あ、君、受かったんだね、おめでとう。お名前は?」
「……っ」
最初のコメントを投稿しよう!