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 ……見られてる……な……  大半の人が駅に向かう中、僕と秋川先輩は学校に向かって歩いてるから目立ってる。もちろん、それだけじゃない。  さっきまで気付いてなかった、っていうか周りを見る余裕なんかなかった。  今も余裕があるわけじゃない。ドキドキと胸が跳ねてるのが通常モードみたいになってきてるし、足がちょっと地面から浮いてるみたいな感じだ。  現実感がなくて、自分を頭の上から見てる気分。  ふわふわ ドキドキ  秋川先輩の向こう側を通っていく女の子たちが、先輩を見てから僕を見る。「ふーん」みたいな「えー?」みたいな顔をされる。  僕が秋川先輩と歩いてるの、変かなあ?  まあでも変か。繋がりらしい繋がりなんかないもんね。 「あ、そうだ。保科くんも何か訊きたいこととかあったら気軽に連絡して? 学校のこととか勉強のこととか、学校の近所の店のこととか。俺の分かることなら答えるから、ね?」 「え、でもそんな……」  恐れ多い…… 「そのための無料アプリだと思わない?」  うわ……っ  スッと細められた目が、僕を捕らえる。  キラキラした光の網を掛けられたみたいに、身動きが取れなくなる。  そんな笑顔、ズルい   もう頷くしかできない  頷くのだってギリギリな感じだ  格好いい……っ  スライド式の校門のレールを、2人同時に跨いだ。  学校、着いちゃった。  グラウンドから運動部の掛け声とかが聞こえてる。  昇降口が大きく見えてきた。  もうちょっとでサヨナラだからもっと喋りたいのに、何を喋ったらいいか分からない。 「保科くん、ほんとに助かったよ。ありがとう」 「あ、いえ……」  声をかけられて反射的に秋川先輩を見上げた。  にっこり笑いかけてくれる先輩と目が合って、ダメだと思うのに目が離せない。……って、 「わ…っっ」 「っとと…っ。大丈夫? (つまず)いちゃったね」  秋川先輩のおっきい手が、僕の腕をしっかり掴んで支えてくれた。 「あ あ あ あ…りがとうございま……っ」 「良かった。保科くんが転ばなくて」  うわぁっ かっこいいよぉぉっっ!  僕を見下ろして笑った顔、間近で聞いた優しい声。  心臓出る、口から。口から出て、壊れて消える。  足っ、たぶん地面に着いてない。それか今、足の下が雲になってる。  もうなんか分かんない。全部分かんない。  さっき秋川先輩に掴まれた腕がホカホカしてきてる。  腕だけじゃない。顔も、首も、身体中がぶわっと熱くなってきて、じわりと汗が滲んできてる。  ふわふわしたまま歩いてきて、気付いたら昇降口前の階段を昇っていた。  この前ホームマッチの日に2段飛ばして駆け上がった階段を、名残惜しい気持ちで1段ずつ昇る。 「じゃあ保科くん。このあと電車ラッシュに入っちゃうと思うから、気を付けて帰るんだよ? ありがとうね」  ちょっと屈んで僕に微笑みかけてくれた秋川先輩が、軽く手を振って2年の靴箱の方へ歩いていった。  行っちゃった……  靴を履き替えてる音が聞こえる。僕も一応教室に行かなきゃ。忘れ物したってことにしてるから。  少しずつ鼓動が収まってきて、心臓が元の大きさになって、そして左の胸にきちんと戻ってくれた感じがした。  ゆっくりと呼吸をしながら、ゆっくりと階段を昇って教室を目指した。  夢を、見てたんじゃないかな、目を開けたまま。  秋川先輩に声をかけられて、一緒に買い物をして、連絡先を交換した……とか、一つも現実感がない。  教室に着いて、自分の席でスマホを出して、またドキドキしながらメッセージアプリを開いた。  ある…… 『秋川貴之』  ちゃんとある。秋川先輩の連絡先。  夢じゃなかった。妄想じゃなかった。ほんとだった。  うわ、どうしようどうしよう……っっ  ここに秋川先輩からメッセージが届いちゃうんだっ  僕からも送れちゃうんだっ  すごいすごいっ なにそれっっ  うそでしょそんなの  ……信じらんない……  なにこれなにこれ何かの罠?  ドッキリだって言われた方が、まだ現実味があるかもしれない。  スマホの画面が暗くなるたびにタッチして何回も見返した。  何回見ても、毎回秋川先輩の名前はちゃんとある。 「ん? まだいるの?1年生。早く帰りなさいねー」 「あ、はいっ」  廊下から先生に声をかけられてビクッとして、慌ててスマホをポケットに入れた。先生が歩いていく足音が響いて聞こえる。  さっきまでは全然聞こえてなかった。  相変わらずふわふわしながら家に帰った。電車は混んでたけど、別にそんなことはどうでもよかった。  それよりも、勝手にニヤニヤと顔が笑うのを我慢するのが大変だった。
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