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 保科くんに手伝いを頼めるような、そんな都合のいい仕事はすぐにはなくて、今まで通りの、天井を見つめる日々が続いている。残念ながらまだ保科くんは部活を見に来てはいない。  ただ一つ違うことは、保科くんにメッセージを送れること。  1日おきに猫たちの写真を送っている。それもどうなんだと思ったけど、保科くんは猫が好きだって言ってたし、大丈夫なんじゃないかと思ってる。  保科くんは毎回「可愛いですね」って返信をくれてる。ただ、その返信にした俺からの返信に、保科くんが続けてくれることはないんだけれど。……返信への返信は、一番最初の「はい」だけだな。 「秋川くん。これ、掲示板にポスター貼ってきて。で、期限切れてるやつ剥がしてきて」  はい、と大沢先輩が大きな紙袋を手渡してきた。何枚か重なっていると思われるポスターの筒が何本も入っている。  木曜日の生徒会室。保科くんと買い物に行ってから1週間が経っていた。 「なんか今回どさっと届いちゃったみたいなの。ちょっと時間かかっちゃうかもだけど……」 「あ、大丈夫です」  ていうか大歓迎です。  受け取った紙袋を椅子の上に置いて、先輩たちから離れて画面が見えないように気を付けながらメッセージアプリを開く。  保科くんがまだ学校にいてくれますように!  ーー保科くん、時間があったら手伝ってほしいんだけどどうかな?  ドキドキ、ドキドキと心臓が跳ね始める。文面を3回チェックして送信を押した。  あ、既読。早っ!  ーーー大丈夫です どこ行けばいいですか  うわっ  なになに? いいの? こんな即答で  めっちゃ嬉しい!  ーーありがとう 昇降口の辺りにいてもらえる?  ーーーわかりました 「秋川くん、なにニヤニヤしてんの?って、あ、お手伝い頼んでる」 「うわっっ、覗かないでくださいよっ、渡部先輩っっ」  いつの間にか渡部先輩がすぐ側にいる。 「ふふーん。脇が甘いわよ、秋川くん。てゆーか、だから大丈夫です、なのね」  自分こそニヤニヤしながら渡部先輩が見上げてくる。 「……頼んだらいけない、とかないですよね?」  そんなルールがあるとは聞いてない。 「ないない。でも人数の管理は自分でしてね、人気者なんだから」  笹岡会長が軽い感じで言った。 「あ、ていうか秋川くん。もしかしてお手伝いって先週一緒にお買い物行った男の子?」 「え……っ」  やばいっ、顔に血液が昇ってくる。  笹岡会長がニヤッと笑う。 「やっぱりー。言わなかったけど知ってるのよー? 秋川くんが可愛い子連れて買い物行って、連絡先交換してたって」 「な……っ」  ぽん、と肩に手を置かれてビクッとした。渡部先輩の反対側から大沢先輩が微笑みかけてくる。 「とりあえず行ったら? どっかで待っててもらってるんでしょ?」 「あ、はいっ」  そうだっ、保科くんを待たせたら申し訳ない。  慌てて紙袋を掴んだ。 「行ってらっしゃーい」という声を背中で聞きながら生徒会室を出た。  やばい。顔熱い。心臓バクバクいってるし。  急いで歩きながら深呼吸は難しい。でももう少し、跳ねる鼓動を落ち着かせたい。  あー、でも無理だっ  だって今日も保科くんがめちゃくちゃ可愛い  壁に軽くもたれて立っていた保科くんが、俺に気付いてスッと背を伸ばした。  ちょっと肩が上がってて、大きな目が俺を追いながら会釈する。  全部の動きが全部可愛い  好きな子が、保科くんが俺を待っててくれてるとか、ここは天国ですか?! 「ごめんね、待たせたね」 「あ、いえ、ぜ、ぜんぜんっ」  ふるふるって首を横に振った保科くんの、サラサラの髪が艶々と光る。  遠慮がちに見上げてくる、まつ毛の長い大きな目。
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