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 あっという間に足音が近付いてきて、4階に着いたところで追いつかれた。 「……保科くん、トイレってほんと……?」  僕は肩で息をしてるのに、秋川先輩はほとんど息も乱れていない。真剣な目でじっと僕を見下ろしてる。  邪魔になって、泣いて、嘘ついて、逃げた  僕、最低だ…… 「……め…なさ……」  謝りたいのに、声、ちゃんと出ない。 「え、あ、わ……っ、ごめ、ごめん保科くんっ。あのっ、ちがっ違くて、言い方悪かったよねっ、ごめんごめんっっ」  秋川先輩の焦った感じの声が、頭までドクドク響いてる心臓の音の向こう側から聞こえてきてる。 「あそこにいるの、嫌だったんだよね? だからトイレって言ったんだろうって思ったんだけど、万が一ほんとだったらって思って……」  心配気な声でそう言った秋川先輩が「どうかな、トイレ行く?」って訊くから、ううんって首を横に振った。 「そっか、うん。……うるさかったよね。俺の予想より人数多かったし。ごめんね。ちょっと休もうか、ね」  ……秋川先輩……、怒って…ない……?  肩を抱かれて、促されるままに足を動かす。 「保科くん、階段昇れる? ここ上がったら屋上の入口で静かだから……」  間近で聞こえる秋川先輩の声に、頷いて応えた。  声、優しい…… 秋川先輩……  ゆっくりゆっくり階段を昇って、「座ろっか」と言われて屋上へのドアの前にある段差に腰掛けた。  すぐ隣に秋川先輩が座って、僕の前に僕のカバンを置いてくれた。  あ…… 「鞄、置いてっちゃってたから持ってきた。……ごめんね。思った以上にうるさくなって。やだったね」  ごめんね、ってまた言ってくれるから、首を横に振った。ずずっと鼻を啜る。 「あり…ありがとうございます……。あの……、僕がいたから余計…ですよね……」 「え?」  口を開いたら、視界が潤んでくる。でもちゃんと謝りたい。 「ぼ、僕がいなかったら、あ、あんなにならなくて、先輩も楽、でしたよね……」  変な声。こめかみがドクドクしてて耳がおかしいからかな。 「保科くん?」  秋川先輩が僕の方に少し身体を向けた。顔は見られない。秋川先輩、なんか声困ってる。僕、また先輩を困らせてる。 「ごめんなさい。僕がいてもそんな手伝えることもないのに……」 「え、え、待って待って、保科くん。頼んだの俺だよ?」  さっきまでと秋川先輩の声の感じが変わって、思わず目を上げた。  ずいっと僕の方に身を乗り出して、真剣な顔で秋川先輩が言う。 「俺が、保科くんに手伝ってほしくて呼んだんだよ? どっかで待ってる?って訊いたのは、誰か出てきたら保科くんが緊張して嫌だろうなって思ったからだし。保科くんがいなかった方が、なんて絶対ないよ?!」  僕に言い聞かせるように、じっと目を覗き込んでくる秋川先輩から目が逸らせない。……でも、 「だって…、先輩ため息……」  ついてたじゃないですか……。 「あ、あ…れは、その、彼女たちが色々言ってくるから……」  秋川先輩が視線を下げた。僅かに眉が歪む。  何を、言われてたっけ……?  確か、「私たちの手伝いはいらないって言うのに」とか「何繋がりなの?」とか……。 「……でも、それもやっぱり、僕のせい…ですよね……」  結局僕がいなかったら、先輩は嫌な思いをしないで済んだ。 「ちがっ、違うよ保科くん。そうじゃないんだ。保科くんのせい、とかじゃなくて……っ」  秋川先輩が視線を上げて、また僕をまっすぐに見た。唇をきゅっと結んで強い目を僕に向ける。  トクトク、トクトクと胸が鳴る。 「……あのさ、保科くん。繰り返しになっちゃうけど、保科くんに手伝いを頼んだのは俺なんだよ。だから、彼女たちが騒いだのも全部、俺のせいなんだ。保科くんはなんにも悪くない。俺が……」  一旦言葉を切った秋川先輩が、くっと息を詰めて唇を噛んだ。  僕をじっと見つめてくる秋川先輩の目元がほんのりと赤くなっている。  綺麗……  秋川先輩が、ふぅっと息を吐いて、そしてスッと息を吸った。 「俺が、保科くんに会いたくて呼んだんだ。手伝いなんて口実だよ。俺はただ、……君に会いたかった」 「……え……?」  壊れそうなほど強く打っている心臓の音で頭がわんわんしてて、耳から入ってくる秋川先輩の言葉が正しく認識できている気がしない。  体験入学のプリントを入れた内ポケットの上からブレザーをぎゅっと握った。 「あい……たい……?」 「そう、会いたかった。近くで顔が見たかった。話しがしたかった。俺は……、俺は、保科くんのことが好きなんだ」  え……?
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