R      5

1/1
前へ
/156ページ
次へ

R      5

「あら、秋川くん。受付終了?」  あ、あの人、生徒会長だ。体験入学で見たから覚えてる。 「あー、俺がいると列が滞るって言われて追い出されました」  ははって苦笑いしながら秋川先輩が会長に言ってる。 「あはは、やっぱり? 女の子並んじゃったんでしょ」  会長の方も笑いながら秋川先輩を見上げてる。 「やっぱり?って会長、そう思いながら俺に受付やらせたんですか?」 「ごめんごめん。何分やれるかなーっていう興味があって。でも思ったより早かったわ。8分? すごいね、秋川くん」  会長はくすくす笑いながら時計を見て「15分はいけると思ったんだけどなぁ」って言った。  よかった。早く来て。  もうちょっと遅かったら、秋川先輩と話せなかった。  ……話すってほど話してないけど。    秋川先輩と会長はもう一回時計を見て、スッと表情を引き締めた。  めっちゃくちゃ格好いい。  よかった、ここの席で。  あ……っ  くるりと振り返った秋川先輩と、一瞬目が合った、気がした。  気のせい? 気にせいかな? 気のせいだよね、やっぱ。  でも嬉しい  その後も秋川先輩はあちこち忙しそうに動き回ってて、その姿を女の子たちが目で追ってるのが頭の動きで分かった。  分かってた、けど、すっごい人気……秋川先輩。  思わずため息をついた。  まあでも、僕には関係ない、けど。  ここまで、あえて考えないようにしてた。  星ヶ丘に入学して、それでどうするの、って。  秋川先輩と同じ学校に通って、時々姿を見られるようになったら、その方がしんどいんじゃないの?って。  受験勉強の合間に、ふっと湧き上がってくるその冷静な方の自分からの言葉を、ダメな方の僕は聞こえないふりをしてきた。  だって会いたかった  あの姿を見たかった  あの声を聞きたかった  それだけでいいって思えなくなる日が来ることぐらい分かってるけど、それでもここに来たかった。  星ヶ丘に入学できれば、『秋川先輩の後輩』っていう肩書きが手に入る。  せめてそれが欲しかった。  ……覚えててくれてるなんて……思ってもいなかった。  まあでも、体験入学でプリント飛ばす、なんてそうそうあることじゃないか。  恥ずかし……  だけどそれで秋川先輩に覚えててもらえたんだから結果オーライだ。  秋川先輩を目で追ってる間に入学式の時間になった。  あの声で、名前を呼んでもらえた。  正確には呼んだんじゃなくて、名簿の中の名前を探すのに確認しただけだけど。  それでもいい  秋川先輩が卒業するまでに、あと何回喋れるだろう。  ……もしかして、あれが最初で最後だったりして……。  違う、とは言い切れない。  やっぱ早く来てよかった。 『保科琳くん、ね』  録っときたかったなぁ、あの声。  目だけを動かして斜め前方に立っている秋川先輩の横顔を見た。  背が高いからちゃんと見える。ここの席になるなんて僕は運がいい。  入学式で運を全部使っちゃってたらどうしよう。  だって今日、いいこといっぱいあった。  心臓は、ずっと速めのリズムを刻み続けてる。  身体は相変わらずホカホカしてて、指先まで暖かかった。
/156ページ

最初のコメントを投稿しよう!

380人が本棚に入れています
本棚に追加