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 駅前のファストフードに入って、なるべく目立たない隅っこの席に秋川先輩と向かい合って座った。先輩は僕に、壁の方を向くあんまり顔を見られない方の席を勧めてくれた。  秋川先輩はアイスコーヒーで、僕はオレンジジュース。  なんかデートっぽい。  あれ? ていうかこれデートなの? 「放課後デート、だね」  2人掛けの小さなテーブルに両肘を突いて、僕をじっと見ながら秋川先輩が小声で言った。  先輩もデートって思ってくれてる! 「…うわ……っ、保科くんてほんと可愛く笑うよね。ずっと見てたい……」  秋川先輩こそ、息が止まるほど格好いい…… 「俺、体験入学で初めて保科くんを見た時、なんて可愛いんだろうって思ったんだよね」  そんな風に綺麗に微笑みながら言われたら、どんな顔をしたらいいか分からない。 「…ぼ、くも……、カッコよくてびっくりしました……」  ドキドキしてるから、なんか声が変な気がするし、子どもの作文みたいな内容になってて恥ずかしい。 「はは、そっか。ありがとう、保科くん。でもなんか、ごめんね」 「え?」  なにが?  苦笑いした秋川先輩がまた少し目を見張って、それから困ったように笑う。 「自分から誘っておいて、全然話すこと思いつかないんだ。もう保科くんが目の前に座ってるだけで幸せで」 「……っ」  どん!と心臓が大きく鳴った。  なんでそんなこと言えちゃうの?  息が苦しくなってくる。少し目元を赤く染めた秋川先輩が嬉しそうに笑いながら僕を見ていた。  やっぱ経験値が…… 「俺さ、初めてなんだよ、こんなの」 「え……?」  はじめて……? 「わ、かわい……。だからごめん。俺今完全に浮かれてるから……」 「ほんと…ですか……?」 「え?」  そんなわけない。だって秋川先輩こんなに格好いいんだし。  でもさっき…… 「は、はじめてって……」  息が上手くできなくて、声もちゃんと出ない。それに顔がめちゃくちゃ熱い。  好きな人と喋るのは、なんて大変なんだろう。  また涙が滲んできて、元々キラキラしてる秋川先輩が潤んでもっともっとキラキラしてくる。  そのキラキラの秋川先輩が、少し眉を歪めて恥ずかしそうに笑った。 「うん、そうなんだ。保科くんが俺の初めての恋人なんだよ」  え?! 「だからね、至らないことばっかりだと思うけど……、よろしくお願いします」  初めての恋人……?! 僕が?! 「え、あっ、こ、こちらこそよろしくお願いします……っ」  ほんと……ほんとに……?!  秋川先輩に頭を下げられて、僕も大慌てで頭を下げた。そして恐る恐る頭を上げながら上目に秋川先輩の方を見ると、先輩も僕の方を見ていて目が合った。思わず2人で笑い合う。  しあわせ 「こうやって始めるものなのかな?」 「わ、わかんないです。…僕も、はじめて…だから……」 「そっか……。保科くんも初めてなんだ……。一緒だね、嬉しいな」  ふふって笑いかけられて、うんて頷いて応えた。 「かわいいねぇ、保科くん」 「…せんぱ…、また……」 「ごめんごめん。だってさ、も、ほんと可愛くて……」  秋川先輩はにこにこしながら、スッと右手を僕の方に伸ばしてきた。長い指が頬に触れる。 「ほら、大きな目がうるうるしてて、仔猫みたいで物凄く可愛い。家では猫たちを見るたびに保科くんに似てるなって思うんだよね。で、ついいつもより構って、引っかかれる」  これ、って見せてくれた手の甲に、薄い引っかき傷。 「わ」  思わずその大きな手に触れた。  あ……  また、見つめ合ってしまう。 「……帰りたくないなぁ……」  秋川先輩がポツリと言った。 「……僕も……」  ね、って目で言われて、うん、て頷いて応えた。  話らしい話なんて何にもしてないのに、心がほんわかと温かくなってくる。  ずっとここにいたい  ずっとこうやって秋川先輩を見ていたい  こんなに家に帰りたくないって思ったのは、生まれて初めてだった。  夜には秋川先輩がメッセージを送ってくれた。  ファストフードの時とおんなじで、なかなか言葉が出てこなくて、でもすごく嬉しくて幸せだった。
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