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 1日がとにかく長い。 「貴之、天井向いてため息何回目だよ」  と将大に笑われて、岡林にも「しょーがないね」というような目を向けられた。 「あ、秋川くん、お昼は? 誘わないの? 今日何?」  岡林が、ねぇねぇって言いながら俺のシャツの袖を摘んで揺らす。 「弁当、だけど……」  3時限目と4時限目の間の休み時間、うちのクラスの将大の席に3人で集まって喋っている。 「あー、いたいた。秋川、ちょっと」  聞き慣れた声のした出入口の方を見たら、松岡が教室に入ってきていた。  岡林と将大もそっちを振り返る。 「どうした? 珍しいな、松岡」  教室遠いのに。 「いやさ、うちの1年の内野、あのバスケでコテンパンのやつ。あいつがさ、最近どうも機嫌が悪くてさ、昨日とかも荒れ荒れで。まあパフォーマンス的に悪くはねんだけどピリピリしててさ」 「パフォーマンス悪くなきゃよくね?」  将大が松岡に視線を向けて言う。 「やなんだよー、おれはー。試合に向けた緊張感とか以外の、あの『別に何もありませんけど?』みたいなピリピリはさー。でさ、ほら秋川、最近よく声かけてんじゃん、内野の友達の子に。だからさ、おれらとあのへんの1年で昼飯食お?今日。な?」 「は?」 「つか松岡、その『おれら』におれと理沙も入ってんの?」  将大が自分と岡林を指差しながら訊いた。 「入ってる入ってる。だって向こうも女子いただろ。1人じゃ嫌ってなったら丸ごと全員来てくんねぇかもしれねぇし」 「いやでも松岡、それで内野くんのピリピリがなくなるとは……」  むしろ悪化する気がするんだけど。俺がいたら。 「まあな。それは分かんねぇけど。でも何か悩みとかあるなら聞いてやりたいしさ。ってことでよろしくなー」  そう言い置いて、松岡がサッと背を向けた時、休み時間終了のチャイムが鳴り始めてしまった。サッカー部のエースはスルスルと人を避けてあっという間に教室を出ていってしまって、岡林もいつの間にかもういない。 「棚ボタじゃん、貴之」  そう言って将大が俺の背中をパンッとたたいて笑った。 「……いや、でも…なぁ……」  保科くんに会えるのは嬉しいんだけど、……でも。  波乱の予感しかしないんだが?  もう授業が始まるからメッセージも送れないし、ただただハラハラしながら4時限目を過ごした。昼休み開始のチャイムが鳴ってすぐ松岡がうちの教室に駆け込んできて、「行くぞ」と俺と将大を促した。  俺たち3人が廊下に出たところに岡林が合流して、松岡を先頭に1年の教室へ階段を昇っていく。  ドキン ドキン ドキン ドキン  松岡が小走りで廊下を進み、1年4組の教室を覗き込んだ。 「おーい、内野ーっ」  と声をかけながら松岡は1−4に入っていく。将大が俺の背中を押した。  覗いた教室の中、内野くんに話しかけている松岡の背中の向こうに。  保科くん……っ  まん丸い目のびっくり顔で松岡を見上げてる。松岡が保科くんに何か話しかけると、保科くんがパッと俺の方を見た。  うわっ! かわいーー……っっ  思わず足が一歩前に出た。周りがザワッとしたのは、さすがに分かった。  ゆっくりと保科くんの方に歩を進める。1年生の間では俺たちのことはどれぐらい噂になってるんだろう。 「よかった、3人とも弁当じゃん。よーし、じゃ弁当持ってレッツゴー!」  松岡が、ちょっと嫌そうな顔をした内野くんの肩に腕を回しながら言った。  いつもいるサラサラヘアの女の子が目を丸くしてそれを見て、そして俺の方にも視線を向ける。  保科くん、保科くんは……っ  ほんのりピンクに頬を染めて、俺を見上げている。  ていうかそのランチバッグ小さいな?! その大きさでいいの?! 保科くん! 「突然ごめんね?」  少し屈んで声をかけたら、保科くんがふるふると頭を振った。 「あ、いえ。びっくり、しましたけど……」  えへへって笑いながらそう言った保科くんがめちゃくちゃ可愛くてやばい。
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