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「どうすんだ?松岡。2年の空き教室?」  将大が俺の背後から松岡に呼びかけた。 「そうそう、取ってあるから」  カラッと笑って松岡が言う。 「いや、予約とかそんなシステムねぇだろ」  将大が少し呆れたように応えた。 「おれが作ったのー。ほらほら行くぞー、君もね」  松岡は内野くんの肩に腕を回したまま、サラサラヘアの女の子に声をかけた。彼女は頷きながら、保科くんに少し不安そうな視線を向けた。 「琳ちゃん」  この子、保科くんを『琳ちゃん』って呼んでるのか。 「あ、うん、眞美ちゃん。一緒行こ? えっと秋川先輩、友達の山田眞美ちゃんです」  で、保科くんは『マミちゃん』ね。  確かに同性の友達っぽいかも。  ヤマダさんは俺にペコっと頭を下げた。  一応「秋川です」と軽く頭を下げて、前を行く松岡たちに続いて歩き始めた。俺のほんの少し後ろを保科くんとヤマダさんが付いてきながら、2人でコソコソ喋ってる。 「ほんとごめんね、急に」 「あ、いえ、ぜんぜん……っ」  慌てた様子で俺を見上げて保科くんが言った。ヤマダさんも首を横に振る。2人の髪が艶々と輝いていた。  1階分階段を降りて、2年のフロアの空き教室に向かう。  すれ違う生徒が俺たちを目で追ってる。  あ、あの子保科くんのこと見てる。あいつも……。  少しずつ周りが見えるようになってきた。  最初に着いた松岡が、出入口の戸に貼ってあった紙をペラリと剥がした。 「マジで『予約』とか書いてるし」  と将大が笑う。 「せんせー通ったら怒られそうだよねー」  岡林も笑って言った。 「だいじょぶ、だいじょぶ。ちょいちょいやってるけど怒られてねーし」  あははと笑いながら、松岡が戸を開けて中に入った。将大と岡林も入って、俺は保科くんとヤマダさんを中に入れて、『使用中』の目印の青いマグネットを廊下側に付けて戸を閉めた。 「……あの、松岡先輩なんで……」  内野くんが、やや不貞腐(ふてくさ)れた表情で松岡を見ている。 「んー? いやほら、後輩ともちょっと仲良くなりてぇなって。ちょうど共通の友達もいるしさ」  ガタガタと机を並べ替えながら、松岡が俺と保科くんの方を見た。それを見た内野くんの眉間に皺が寄った。  人数分の机を島にして適当に座っていく。将大と岡林が並んで座って、岡林がヤマダさんを隣に呼んだ。松岡は、いわゆるお誕生席に弁当を置いて、内野くんを左斜め前、ヤマダさんの正面に座らせた。保科くんはその内野くんの左隣、俺は保科くんの左隣に座る。  保科くんに訊いたところ「ヤマダ」さんは一般的な「山田」さんだということだった。山田さんは弁当箱を開けながら、内野くん、保科くん、俺の順で視線を巡らせた。 「……なぁ内野」  松岡がブロッコリーを摘みながら内野くんをチラッと見た。 「なんすか?」  ムスッとした表情で内野くんが応える。 「お前最近何かあった……?」  少し緊張感の漂う笑顔で松岡が訊いた。明るくてお調子者の松岡だけど、本人も言っていたように、負のオーラを出している相手は苦手なようだ。そういえばホームマッチの後で内野くんの話をしていた時も苦笑いしていた。 「優しい松岡センパイは心配なんだってさ」  将大がニヤッと笑いながら言った。山田さんが心配気な、でも何か知ってそうな顔で内野くんを見て、それからチラッと保科くんを見た。 「……別に、何もないっすけど……」  内野くんがボソッと応えて、保科くんが手を止めて彼の方を向く。  松岡は「そんなわけないだろ」みたいな顔で内野くんを見て、躊躇(ためら)いがちに口を開いた。 「まあ……、それならいいんだけどさ、でもちょーっと空気がピリッとしてる気がしたからさ。なんか悩みとかあるならって思って……」  へへって苦笑いを浮かべながら話しかけてる松岡を、面倒見のいいやつだなと思って見ていたら、将大も同じことを思ってそうな顔で松岡と内野くんを見ていた。
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