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「てゆっかさー、いきなりそんなこと言われても言えないよねぇ?」  沈んだ空気を一蹴するような明るい声で岡林が言った。 「3人はいっつもお弁当なの? それとも今日はたまたま?」  岡林が隣に座っている山田さんの方を見て訊くと、山田さんは口をもぐもぐさせながら頷いた。 「ほぼほぼお弁当です。それか買ってくるか……。学食はまだちょっと……」 「あはは、コワい? おいしーよ? 今度みんなで行こっか」  岡林が「ね?」って言って1年生3人を順に見渡した。3人が目を見合わせる。  保科くんがパッと俺の方を向いた。大きな目が上目遣いで見つめてきてめちゃくちゃ可愛い。 「ん? いつ行く? いつでもいいよ?」 「あ…した……っ」  え? 「はは、そーだな。すぐ行きたいよな」  将大が笑って言った。岡林が「うんうん」って言ってる。  保科くんが「だめ?」みたいな顔して見てくる。  すっごい可愛い。……けど。 「うん。じゃあ月曜日に行こっか。明日土曜日だからね」 「あ……っ」  保科くんの頬がふわっと赤くなった。恥ずかしそうに笑いながら、うんて頷く。  ああもう、ほんっと可愛い! 「つーか保科、弁当早く食わねーと昼休み終わるぞ」  ボソッと低い声がした。保科くんがくるっと右を向く、内野くんは残り少ない自分の弁当を食べていた。 「う、うん」  保科くんはそう内野くんに返事をして、慌てて食べ始めた。小さい弁当なのにまだ半分も残ってる。 「まだ大丈夫だよ。ほら」  空き教室には時計がないので腕時計を見せてやった。保科くんが、うんと頷いて俺を見る。 「うちのクラス、次体育なんで」  内野くんが保科くんの向こう側から、俺を睨むようにそう言った。 「あ、そうなんだ。じゃバタバタするね、ごめんね」  そこまでは思い至らなかった。  保科くんが口をもぐもぐさせながら、ふるふると頭を振った。ごくんと飲み込んで、必死な顔で見上げてくる。 「だ、だいじょぶです。いっつもこんな感じだし」 「そうです秋川先輩。内野くんてば、琳ちゃんを急かしすぎー」  山田さんが俺を見て言った後、内野くんを叱るみたいに睨んだ。  内野くんは不満気に山田さんを睨み返してる。その様子を松岡が「ふーん」って顔をして見ていた。 「んーっと、じゃあ月曜はこのメンバーで学食ってことでオッケー?」  岡林が全員を見渡しながら言った。将大と松岡が「おー」って言ってて、山田さんは頷いてる。保科くんが弁当箱を仕舞いながら俺を見て頷いたから、俺も頷いた。  保科くんがにこっと笑う。かわいい。  内野くんはややムスッとした顔で、顎を突き出し気味に頷いていて、松岡がその内野くんの肩をパンッと軽く叩いた。 「じゃ、今日はこれでお開きー。また放課後にな、内野」  松岡が内野くんに手を振って、内野くんが「ういっす」と頭を下げた。相変わらず不機嫌そうな顔をしている。  その内野くんの手が、保科くんの方に伸びていく。 「保科、ほら行……」  思わず保科くんの腕を引いた。  軽い身体は簡単に俺の方に引き寄せられた。  保科くんが驚いた顔で俺を見上げてくる。 「今日来られる? 保科くん」  細い腕を掴んだまま訊くと、保科くんが大きな目をパチパチさせて、 「はい」  と応えてくれた。 「あはは、かーわい」  岡林が俺の後ろで笑いながら言う。 「じゃ、行こっか。琳ちゃん」  山田さんが「ね?」って保科くんに言うと、保科くんは、うんと頷いた。 「またね、保科くん」 「はい」  頷いて、名残惜しそうに俺の方に顔を残しつつ、山田さんに促されて保科くんは階段を昇って行った。  その様子を、内野くんが苦い顔をしてずっと見ていた。
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