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 部活を終えて校門に向かっていると、誰かが後ろから走ってくる足音が聞こえてきた。  ああそうだった。これもあった。  振り返ると、内野くんがもうすぐそこまで来ていた。 「じゃ、おれ先に帰るなー」  と言って将大が手を振って、俺も「またな」と手を振った。内野くんは軽く頭を下げていた。 「どうしようか、どっか行く? 内野くん」 「あ、いや、ちょっと影んなってる所とかでいいんすけど……」  長話はしない、ってことか。 「じゃあそこの木陰でいい?」 「はい」  校門を出てすぐの歩道に植えてある大きめの広葉樹の影に入った。  太陽はほぼ真上で、もうすでに夏のような光を放っている。その光を受けた葉の濃い影が、俺を睨み上げる内野くんの顔に落ちていた。 「……先輩、あいつと……、保科といつから付き合ってんすか?」  本当はこんな言葉は喋りたくない、というような低く苦い声で内野くんが訊いてくる。  気付いてたのか……。まあ気付くか、保科くん見てれば。 「今週の木曜の放課後に、俺から告白してから、だよ」  なるべく淡々とした調子で応えた。内野くんとしては、どんな風に言われても嫌だろうけれど、上からにならないように気を付けた。  俺を睨んでいる内野くんは、切れそうなほどに唇を噛み締めて拳を握りしめていた。 「……オレ、すっげぇ後悔してることがあるんすよ……」  くっきりと歯形の付いた唇を開いて、絞り出すように内野くんが言う。 「ん?」  はぁーーっとため息をついた内野くんが、眉間の皺を深くした。 「この学校の体験入学に保科を誘ったの、オレなんすよ……」  そう言った内野くんが、苦い苦い笑みを浮かべた。 「オレ……、あいつのことずっと好きで……、おんなじ高校行きたくて。保科が全然学校決めらんねぇから『オレと同じとこにしろ』っつって。でもやめとけばよかった、マジで」  内野くんがもう一度深いため息をついた。 「学校別々になっても、ここに保科を連れて来なけりゃよかった……っ」  吐き出すように言って、内野くんがまたキツく唇を噛んだ。 「……先輩」  内野くんが悔恨の滲む強い目で睨み上げてくる。 「なに?」  俺も強く見つめ返す。 「オレ、まだ全然保科のこと好きなんで」  硬い声で、はっきりと内野くんが告げた。 「保科くんは俺の恋人だから」  さっきの気遣いなんか吹き飛んで、内野くんを睨みつけた。  ドクドクと血液が身体中を駆け巡っていて、こめかみがジンジンする。  ぬるい風が吹いて、内野くんの顔に落ちる木の葉の影の様相が刻々と変わっていた。 「目一杯大切にするから安心して」  頭に響く心臓の音の向こう側に聞こえた自分の声も、低くて硬い。  口惜しそうに俺を睨み上げた内野くんがスッと頭を下げて、そして再び俺を睨んで踵を返した。そのまま大股で駅の方に歩いて行く。その肩に力の入った背中を見送った。  内野くんの後ろ姿が霞んで見えなくなって、ようやく詰めていた息を吐き出した。ゆっくりと木陰から出て、駅に向け歩き始める。  諦めてない、なんて言われても困るよ、内野くん。  保科くんはもう俺のものだ。誰にも渡さない。  どっちが先に好きになったかなんて関係ない。  ……あ、でも……  濃い影を落とす強い日差しを浴びながら、背筋がゾクッと冷えた。  もし、内野くんの方が先に保科くんに告白していたら、  どうなっていたんだろうな
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