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 う、わ……、可愛いな  日曜日の昼前、保科くん家の最寄駅まで迎えに来たら、ホームから階段を昇った所で保科くんが待っていた。  パステルグリーンのオーバーサイズのTシャツに、白いチノパン。  頬を桜色に染めて、ちょっと緊張した顔をしている。 「お待たせ。すっごい可愛いね」  少し屈んで保科くんの耳元でコソッと言ったら、その耳がポッと赤くなった。  かわいいなぁ  保科くんと電車に乗って、うちの最寄駅で降りた。保科くんはチラチラと俺を見上げてきていて、その上目遣いの大きな目がものすごく可愛い。 「昼、食べてく? 買ってく? 色々あるよ、店」  隣を歩いている保科くんを見下ろしながら訊いた。 「あの……秋川先輩」 「ん?」  控えめに俺に呼びかけて、一度きゅっと唇を結んだ保科くんが、じっと見上げてくる。 「お昼、先輩の家で、がいいです」  かわい…… 「ん、分かった。何か買って帰ろうか」  やっぱり、名前を呼ばれるとドキッとする。 「あ…、ね、先輩。あそこのパン屋さんってどうですか?」  少し先にあるガラス張りのパン屋を指差しながら保科くんが訊いた。 「うん、美味しいよ。保科くん、パン好き?」 「はい。…わっ」  可愛らしく頷いた保科くんの後ろから、スピードを出した自転車が近付いてきてるのが見えたから抱き寄せた。息を飲んだ保科くんが、俺の腕の中で大きな目をさらに大きくして見上げてくる。  うわ……っ  保科くんの小さめの唇が、きゅっと口角を上げて笑みを形作った。  触れている所から伝わってしまうんじゃないかと思うほど、心臓が強く脈打っている。でも離したくない。 「……じゃあパンにしようか、ね」  保科くんの肩を抱いたままパン屋に向けて歩いて行く。うん、と頷いた保科くんは、相変わらず可愛らしく笑っている。  地元だから見知った顔もちらほらいる。「あれ?」みたいな表情をされるけど、パン屋の前までそのまま歩いた。並んで店に入ったら、顔見知りの店長が「いらっしゃい」と声をかけてくれた。  昼時のパン屋はまあまあ混んでて、そのせいか保科くんが俺にぴったりくっついてくるのがめちゃくちゃ嬉しい。 「うちはね、ここから歩いて10分ぐらいだから」  パン屋を出て、こっちだよと保科くんの肩に腕を回した。 「……こうやって歩いていい?」  保科くんがまた、うんて頷く。  そういえば内野くんにもよくこうやって肩組まれてたっけ、保科くん。  ホームマッチの時の、保科くんの肩を抱いていた内野くんを思い出してしまって少しイラッとして、細い肩に回した腕を引き寄せた。 「秋川先輩?」  何の抵抗もなく俺の方に身体を寄せた保科くんが、不思議そうな顔で見上げてきていた。 「ねぇ保科くん」  身勝手な願いが迫り上がってくる。保科くんは「はい」と言って俺を見上げた。 「肩……組むの、俺だけにして?」  ちっさい男です、と言っているようで恥ずかしい。  でも内野くんに触られたくない。俺以外の男が保科くんに触れるのが許せない。  保科くんはそれを聞いて目を丸くして、それから小さく頷いてくれた。
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