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「うちの猫たち、割と人懐こい方だと思うんだけど……。でも猫だからなぁ」  なんて言いながらも手が震えるほど心臓が強く打っている。  自分家(じぶんち)に入るのにこんなに緊張したことはない。いつもはスッと入る鍵が何故だかうまく挿さらない。 「ですねー。そこが可愛いんですけど」  笑ってるけど、保科くんの声も硬い。  ようやく鍵が開いてドアを開けると、脱走防止用の柵の向こうに2匹が顔を見せていた。 「ただいま、ミルク、ココア。どうぞ保科くん、入って」 「あ、はいお邪魔します」  保科くんの姿が見えると、2匹はトトトッと奥に逃げていった。 「……逃げちゃいましたね」 「うん、ていうか……」  どうしよう、保科くんが可愛い  2人っきり、やばい  家の鍵をかけて、天井まで突っ張ってある柵を開けて中に入った。  リビングのドアの向こうからミルクが覗いている。 「かわいー。あ、逃げた」  って言ってる君の方が可愛いよ、保科くんっ  リビングに入ったら、2匹は揃ってソファの陰からこっちを見ていた。 「先輩先輩っ、これ、使っていいですか?」  保科くんがバッグの中からピンクの猫じゃらしを取り出して言う。 「え、持って来たの? 保科くん」 「あの、おやつは好き嫌いがあるかなって思って……。でもこういうおもちゃならいいかなって。100円ショップのやつなんですけど」  へへって笑って見上げてくるのが可愛くて可愛くて…… 「ありがとう保科くん。ちょっといい?」 「え……?」  俺を見上げる保科くんの細い身体を囲うように腕を伸ばした。 「このまま抱きしめたい……、保科くんのこと……。いい…かな?」  腕の中の保科くんの顔が、ぽぉっと赤くなっていく。そして小さく、うん、と頷いた。  ドキン ドキン ドキン ドキン  ゆっくりと、腕を保科くんの身体に沿わせていく。  ほんとに細い、華奢な身体。  保科くんが俺の胸に頬を寄せた。  強い鼓動の振動が、保科くんに伝わってるかもしれないと思った。  どれぐらいまでなら力を込めてもいいんだろう  壊してしまいそうで怖くなる  ……あっ  保科くんがもぞっと動いて、俺の背中に腕を回した。  やば……っ すっげ……  うれしーーー………っっ  ぎゅうっと抱きしめて、保科くんのサラサラの髪に頬を擦り寄せる。  背中に回された保科くんの手が俺のシャツを握ったのか、少し後ろに引っ張られる感じがした。  可愛い 可愛い 「好きだよ、保科くん」  赤く染まった耳に唇を寄せて告げると、保科くんがぴくっと身体を震わせて、それからこくりと頷いた。俺の身体に回された保科くんの腕にも力がこもって、ぎゅうっと抱きついてくる。 「あ、そうだ、メッセージでも送ったけど、大会の会場、土曜はうちの学校だから。日曜は勝ってれば県立体育館に行くことになるよ」  見に来てくれる、とか今からワクワクする。 「一応場所は知ってます」  俺に抱きついたまま保科くんが見上げてきた。 「そっか。行けるように頑張るよ」 「いっぱい応援しますね」  うわ……  ちょっと気合の入った笑顔、めちゃくちゃ可愛い!  幸せで死にそ…… 「!」
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