Rin     79

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Rin     79

「やっぱ天使なの? 保科くん。すっごい軽いね」  て、天使って……っ  秋川先輩が僕を抱き上げて、すごく嬉しそうに笑ってる。 「うわ、もう……。どうしよう、俺……」  そのままぎゅうっと抱きしめられて、僕もどうしたらいいか分からない。  でもとにかく…… 「幸せすぎる……」  秋川先輩がポツリと呟いた。 「……僕も……」    好きな人に、抱きしめられてる。  なんか……なんだろうこれ、頭ふわふわして……  僕も恐る恐る秋川先輩に手を伸ばして、その首に腕を回して抱きついた。 「すっごい……しあわせ……です……」  ドキドキしすぎて声が上手く出てくれないし、よく聞こえない。 「うん、うん、そうだね保科くん」  秋川先輩の声が、身体の表面をするすると撫でて僕を包んでいく。 「告白してよかったなぁ、ほんと……」  そう、しみじみと言った秋川先輩の柔らかい声が耳の中で響いて、身体の奥からじんじんしてきた。  学校じゃないから、秋川先輩は『みんなの推し』じゃなくて僕の恋人だから、今日は1日そう思って過ごしたい。家に誘われた時からずっとそんな風に思ってる。 「掴まっててね」って言った秋川先輩が歩き始めた。抱っこで運ばれるなんていつぶりだろう。キッチンに着いた秋川先輩は「下ろしたくないなぁ」って言って、また僕をぎゅうっと抱きしめてくれた。僕も下りたくない。 「でもさすがに片手では無理だしなぁ」  ふぅっとため息をついた秋川先輩が、ゆっくりと屈んで僕を下ろした。  離れるのやだ。だってせっかく誰も見てない。  足は下に着いたけど秋川先輩にくっついたままでいたら、先輩がくすっと笑って僕の頭をサラリと撫でた。 「そういえば、手洗わなきゃね」 「あ……はい」  秋川先輩がまた僕をちょっと抱き上げて、シンクの前まで運んでくれたから、一度ぎゅうっと抱きついた後シンクの方を向いた。  先輩がどうぞって水を出してくれて、嬉しくて気恥ずかしくて、それにやっぱりすごいって思いながら手を洗った。  僕、秋川先輩ん家のキッチンで手洗ってる。  僕が洗い終わったところで秋川先輩が横からスッと手を出してきた。  指の長いおっきな手。  僕のこと、軽々と抱き上げた。  その大きな手で、今度はグラスにオレンジジュースを注いでくれてる。  半分に切ったオレンジのイラストのペットボトル。 「僕、オレンジジュースの中でそれが1番好きです」  秋川先輩ん家もこれなんだ。なんか嬉しい。 「ん? そっか、よかった。オレンジジュースって味に幅があるから、保科くんがこの前ファストフードで飲んでたやつにしたんだけど」 「え?」  いつもこれ買ってる、とかじゃなくて?  僕が飲んでたから?  え、え、え、  それって、それって……    とくとく、とくとくと心臓が跳ねて、身体がほかほかしてきた。顔が勝手に笑っていく。アイスコーヒーのペットボトルの蓋を閉めてる秋川先輩を上目に見上げた。 「あ……の……、じゃあそれって……」  僕のため……って自惚(うぬぼ)れてもいいのかな……  見上げる僕を見つめ返した秋川先輩が、ふわっと微笑んだ。 「ん。保科くんが来てくれるからと思って。これからも色々好きなものとか教えてね」 「……っ」  胸がキュンとなるって、ほんとにキュンってなるんだって、秋川先輩と付き合い始めてから知った。  冷蔵庫を閉めた秋川先輩の広い背中に抱きついた。 「あ…ありがとうございます……っ」    うれしい  秋川先輩が僕のために……  先輩の厚い身体に腕を回して抱きしめたら、僕の手を秋川先輩の大きな手が包んだ。 「んーん。こっちこそ、来てくれてありがとう」  ぴったりと耳をくっつけた背中から、秋川先輩の優しい声と強い心音が聞こえてくる。  先輩もドキドキしてる  僕とおんなじ……
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