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 ミルクとココアが足元に擦り寄ってきて、秋川先輩が「おやつやる?」とペット用って書いてある煮干しの袋を持って来た。2匹のテンションが明らかに上がって、先輩に登りそうな勢いで見上げてる。 「煮干しはね、たまにしかあげないから喜ぶんだ。ちょっと手が魚くさくなるけど」  どうする?って訊かれて、「やります」と手を出した。秋川先輩が僕の手のひらにパラパラッと煮干しを載せてくれる。 「わっ」  まずミルクが膝にひょいっと飛び乗ってきた。小さな足が太ももを踏む。そして少し上げてる煮干しを持った僕の手を、伸び上がってくんくんと嗅いだ。そこにココアもポンッと乗ってきて2匹が僕の膝の上でぐるぐるする。しっぽ、くすぐったい。  手を下ろしながら「どうぞ」って手のひらを開いたら、小さくて尖った歯が手のひらにちくちくと当たった。 「あはは、いたくすぐったい……っ」  ザラザラした舌が手のひらをぺろぺろと舐める。「もうないの?」と言いたげに、膝の上で方向を変えて、ガラス玉みたいな綺麗な目で2匹が僕の顔を覗き込んでくる。 「すっかり慣れたね」  秋川先輩がココアの頭を撫でながら言った。ココアはゴロゴロと喉を鳴らしながら先輩の大きな手に顔を擦り寄せている。 「もっと猫たちと遊ぶ? それとも……」  スッと屈んだ秋川先輩が、僕の顔を覗き込んできた。くっきりとした綺麗な二重の目が優しく笑う。 「俺と遊んでくれる?」  ドキン、と大きく胸が鳴って、ひゅっと息が止まった。顔がふわっと熱くなって、背中に、手のひらに汗が滲む。  唇をキュッと噛んで秋川先輩を見つめ返した。 「せ…んぱいと……」  一気に喉がカラカラになってくる。  口から心臓出てきちゃいそう……っ 「ん。じゃ、手洗ったげるね」 「え?」  くいっと手を引かれて立ち上がる。猫たちは分かってたみたいに僕の膝からひょいっと飛び降りた。 「こっちね」  秋川先輩が大きくてあったかい手で僕の手を包むように握って、母がテレビで観ていたアニメ映画の王子様みたいに僕をエスコートしてくれる。  人に手を洗ってもらうなんて、昔すぎて記憶にない。泡のハンドソープをふわふわっと付けられて、優しく優しく撫でるように洗われてる。 「保科くん、手綺麗だよね。爪も長くて絵みたいだし」  泡を洗い流した僕の手をじっと眺めながら秋川先輩が言った。  僕の手を取ってる先輩の手は、硬くて大きくて強い男の人の手だなって感じ。 「はい、出来上がり」  タオルでポンポンと拭いてくれて、秋川先輩がにっこりと笑った。  顔見てるだけで幸せ……  先輩の長い腕がスッと伸びてきて肩を抱かれた。  前にも思ったけど、内野にされるのと全然違う。  身体の大きさが違うのはもちろんだけど、なんか…なんだろう。  秋川先輩に肩を抱かれると、すごく心地いい、そわそわした気持ちになる。  それに…… 『肩組むの、俺だけにして?』  先輩のあの言葉、すごく嬉しかった。  洗面所を出た先輩が、一つのドアの前で立ち止まった。 「ここ、俺の部屋。……入る?」  低い声で訊かれて、秋川先輩を見上げた。間近で見た先輩は緊張を含んだ表情をしている。その顔を見たら、僕もドキドキしてきた。  うん、て頷いたら秋川先輩はホッとした顔になって、ぎゅって僕を抱き寄せてくれた。  先輩がカチャッとドアを開けた。  ドキドキする。  ドキドキ ドキドキ 「一応掃除はしたんだけど……」  ちょっと恥ずかしそうに秋川先輩が言った。 「なんか、秋川先輩の部屋って感じ、します」  キチンとしてる。スッキリしてるし。  全体に、木目とブルーの部屋。 「そう? 自分じゃよく分からないけど」  照れくさそうに秋川先輩が笑う。  この顔、好きだなぁ……  だって、ずっとこっそり見てきたけど、秋川先輩のこういう顔、他で見たことない。まあ全部見てるわけじゃないけど。
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