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 ちょっと言うのが恥ずかしい。  あ、でも推し活してたって言っちゃったっけ。 「女の子たちがキャーッて言ってる方見たら、高確率で秋川先輩がいるから……」 「はは、そっか。あれ? じゃ保科くん、春に俺らが外体育の時窓から見てた?」 「え……っ」  至近距離で覗き込まれたら息が止まっちゃう。  だって格好いい  見慣れる、とかない気がする。 「あ……はい」 「やっぱりあれ、保科くんだったんだ」  ふふふって嬉しそうに秋川先輩が笑った。  気付かれてた……  あれ? でも……っ 「先輩、あんまり目よくないって岡林先輩が……」 「あ、うん。すごく良くはないから、遠くはね、そんなによく見えないけど……。でも保科くんは分かるんだよね、遠くても」 「え……っ」  僕の顔をじっと見ながら、先輩がそんなことを言う。 「保科くんのことはね、シルエットだけで分かる。でもなぁ……」  秋川先輩がおっきな手で僕の頬を撫でた。 「ちょっと遠いと表情が見えないのが、ほんと残念……」  少し眉を歪めて秋川先輩が微笑む。 「こんな可愛い顔がはっきり見えないなんてさ。将大が羨ましいよ。あいつ視力2.0なんだよ?」  不満そうに苦笑いしながら、秋川先輩が僕を覗き込んできた。  その表情が、スッと変わる。  優しく微笑んでるのは一緒だけど、笑顔の種類がなんか違う。 「……保科くん、岡林と話したことで気になってること、あるよね?」 「え……」  ドクン、と胸が鳴った。さっきまでとは違う動悸がしてくる。 「どんなことでもいいよ? 気になったこと、言ってごらん?」  肩を抱いている手で、僕の肩先をとんとんと優しくたたきながら柔らかい声で秋川先輩が言った。 「……な…んで……?」  ザラザラの声で訊いたら、先輩が両腕で僕を包み込むように抱いてくれた。 「金曜日の電話の声がね、ちょっと気になったから。岡林と何か話した?って訊いた後の。岡林が俺のことアイドルだって言ってたんだよね?」  電話だから、声だけだから、気付かれてないって思ってた、のに……。 「アイドルの他に、何て言ってた?」  ん?って首を傾げながら訊かれる。優しいけど強い目が僕を見てる。 「……推し…だって……。みんな…みんなが応援してるって……」 「うん?」 「だ、だから、その、みんなの推しの秋川先輩にふさわしい僕に、ならなきゃって思って……」 「え?」  喋ってる間にじわじわと涙が滲んできて、秋川先輩が歪んで見えてくる。 「…せ、せんぱ、いの、横いて、だいじょぶな僕、に……」 「保科くん……」 「で、でも……っ、どしたらいいかぜんぜんわかんな……っ」  ちゅってキスされた。  秋川先輩が真顔で僕をじっと見て、それからふわっと微笑んだ。 「俺は保科くんが、いいよ?」  さっきの僕みたいに『が』を強く言った秋川先輩が僕の目元を指で優しく拭ってくれた。 「でもね、保科くんの言ってる意味、解ってるつもりだよ? 俺も、こんな可愛い保科くんに俺でいいのかな、とか思うし」 「せんぱ……」 「とか言ってるくせに保科くんは俺のだって思ってるんだけどね」  もう一度、ちゅってキスして秋川先輩が僕をぎゅっと抱きしめた。 「推してもらえるのは有難いけどさ、俺はみんなの推し、より保科くんの恋人でいたいよ。保科くんを独り占めしたいし、保科くんに独り占めされたい。俺の隣にいてほしいのは保科くんだけだよ」 「あ……」  今度は頭に、ちゅってキスしてくれる。 「……僕で、だいじょぶ…ですか……?」  ずずっと鼻を啜りながら訊いた。 「俺は保科くんじゃなきゃ駄目、だよ?」  秋川先輩がまた、ちゅっ、ちゅってキスしてくれる。 「天国行っても離さないって言ったよね? 俺」  ふふふって笑いながら、秋川先輩が僕を抱きしめて言う。  先輩の腕の中、あったかくて気持ちいい。  抱きしめてくれてる秋川先輩の身体に手を這わせてシャツを握った。 「……ここ、僕のところ……?」  秋川先輩を見上げて訊いてみた。先輩が目を見張って僕を見下ろす。 「う、わ……っ、うん、うん、そうだよ保科くん。ここは保科くんのところ……。ああもう、なんて可愛いの保科くん」  両腕で僕を抱きしめながら、先輩が僕の髪に何度もキスしてくれる。  うれしい  金曜からずっと、どうしようって思ってた。100円ショップでねこじゃらし選んでる時も、着ていく服を考えてる時もずっと。  秋川先輩の唇が頬に触れる。  先輩の唇、きもちい……  もっとキス……
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