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R 90
「んー……、ギリギリセーフ、って感じかなぁ? ほんとごめんね、保科くん」
僕の首をじっと見た秋川先輩が、申し訳なさそうな顔をして僕をぎゅっと抱きしめて額にキスしてくれた。
洗面所の鏡に映った僕の首筋には、うっすらと痕が付いていた。
キスマーク……、はじめて……
うれしくて、はずかしい
ううん、って首を振って僕も先輩を抱きしめた。
「じっくり見ないと分かんないし、だいじょぶ、です」
「でも…じっくり見られちゃうかも。保科くん可愛いから」
どうしようって言いながら、秋川先輩は僕を抱きしめてる。
「見境なくがっついてごめんね」
また首を横に振ったら、先輩は僕をぎゅっと抱きしめて頭にキスしてくれた。
「……帰したくないなぁ……」
「……僕も…帰りたくない…です……」
秋川先輩の背中に回した手で、先輩のシャツを掴んだ。先輩が、ふぅー……っとため息をついた。
「でも…そういうわけにもいかないもんね。送ってくね」
「……はい……」
帰る話すると、もう淋しい気持ちになっちゃう。
だって、次いつこんなにゆっくり一緒にいられるか分かんない。
「ね、保科くん。家まで送って行こうか?」
「え……?」
「保科くんさえよければ送って行くよ? それが一番安心だしね」
秋川先輩が僕の頬を指の背で撫でながら言う。
「可愛いからなぁ、保科くん。部活も、見てってくれるの嬉しいけど、ちゃんと帰れたか心配で……」
ほんとに心配気な顔で秋川先輩が覗き込んでくるから、気恥ずかしくて嬉しくて、どんな顔をしたらいいか分からなくなった。
「だいじょぶ、です。一応男だし……。でも次からは家着いたらメッセージ入れますね」
「うん、そうして。練習終わったらソッコー見る」
先輩が、ちゅってキスしてくれる。もう何回目か分かんないキス。
いっぱいしたけど、もっとしたい
ひとしきりキスを交わして、どうにか気持ちを宥めて、先輩と一緒に先輩の家を出た。駅までって思ってたけどやっぱり離れたくなくて、マンションのエントランスまで送ってもらった。
送ってきてくれた先輩が僕をじっと見つめた。そして手を振って帰っていく背中が見えなくなるまでずっと、僕はそのスタイルのいい後ろ姿を見つめていた。
先日の金曜日、家に帰ってすぐ母に「月曜はお弁当いらないから」って言ったら、母は「やったー」って言った後に「なんで?」って訊いた。
「あ、あの、内野と眞美ちゃんも一緒に、先輩たちと学食行くから……っ」
そう、学食でみんなでご飯を食べるだけ。
「あらそうなの。あ、そっか。琳、生徒会のお手伝い始めたのよね。生徒会の先輩が連れて行ってくれるの?」
「あ、うん。え…っと、生徒会の先輩とその友達の先輩たちがね、行ったことないならって」
普通に言ったつもり。めちゃくちゃドキドキしてるけど。
「そっかそっか。1年生だけじゃまだ行きにくいわよね。よかったね、優しい先輩たちで。でもほんとびっくり、琳が生徒会なんてねぇ。合格発表で泣いてた時もびっくりしたけど」
母が僕を見ながら、ふふって笑う。僕はドキッとして、でも顔には出さなかったつもり。
「や、でもただの手伝いだから……」
「お手伝いでもすごいと思うなぁ、お母さんは」
母は、うんうんて頷きながらカレンダーの次の月曜日の欄に『お弁当なし』って書いてた。
僕はそれ以上喋るとボロが出そうで、そそくさと部屋に向かった。
金曜日のうちに言っといてよかった。それも先輩の電話の前に。
だってずっとドキドキしてた。……家に帰ってきた今も。
洗面所で手を洗いながら鏡を見たら、もうすっかり痕は消えていて、ホッとしたけど淋しかった。
でも痕が消えたからって記憶が消えるわけじゃないから、あんなことをした後の家族での夕食は、身の置き所がなくて味もよく分からなかった。
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