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 キーンコーンと昼休み開始を告げるチャイムが鳴った。  ガタンと立ち上がり、朝から何度も確認したポケットの中のサイフをもう一度確かめながら、内野と眞美ちゃんの方をチラッと見て出入口に向かう。  正直なところ、今日は誰と顔を合わせるのも恥ずかしくて、2人ともまともに目を合わせられていなかった。 「琳ちゃん、待ち合わせって学食前?」  眞美ちゃんがにこにこしながら訊いてきた。 「あ、ううん。階段のとこって言ってた」  廊下に出ながら振り返ると、内野はちょっと嫌そうな顔をしていた。 「…階段って金曜に秋川先輩がいた所か?」  そう言いながら僕にスッと寄ってきた内野の腕が上がってきてる。  だから僕は、うんて頷きながら内野から離れた。 「ね、眞美ちゃん。学食のメニューって知ってる?」  内野、気付いた…かな。僕が避けたの。ただ眞美ちゃんに話しかけただけって思ってくれたかな。 『肩…組むの、俺だけにして?』  頭の中で秋川先輩の声が蘇る。  内野が嫌なわけじゃない  秋川先輩のことが大好きなだけ  1年のフロアから2年のフロアへ階段を駆け降りていくと、秋川先輩が待っててくれてるのが見えた。  あ!  こっち向いたっっ 手…っ振って……っ 「保科くん」 「秋川先輩!」  今日2回目の秋川先輩。1回目は朝礼。生徒会長たちと並んでるのを見た。  姿を見られたのが嬉しくて、でも見るだけなのがすごく残念だった。  昨日あんなに一緒にいたのにもう足りない。全然足りない。  早く早く! もっと近くに……っ 「あっ」  足っ 滑……っ 「保科っ」 「琳ちゃ……っ」  周りがスローモーションみたいにゆっくり動いて見えて、音が消えた。  そして、どんっという衝撃の後、力強く抱き止められた。 「……っぶなーー……」  秋川先輩の声と、深い深いため息が聞こえた。足が床に着いてない。 「もー、保科くん……っ。俺心臓止まる……っ」  絞り出すような声でそう言った先輩が、僕を力一杯抱きしめてる。 「ナイス! 秋川。よかったなぁ、落っこちなくて」 「琳ちゃんっ、慌てすぎっっ、もぉっっ」  先輩を『秋川』って呼ぶのは松岡先輩。それと、怒ってる眞美ちゃんの声。  秋川先輩はまだ僕を抱きしめたまま離さない。 「どうした? 秋川」 「んー……、鍛えててよかったなぁって」  ゆっくりと僕を下ろしながら先輩が言った。 「はは、だな。筋力と反射神経な」  松岡先輩が笑いながら僕たちの方を見る。秋川先輩は頷きながら僕の肩に腕を回した。 「そ。どっちか足りなかったら支え切れなかったよ。まじで怖すぎ」  秋川先輩が僕の肩を抱いている腕にぎゅっと力を込めた。 「やさしーのな、秋川は」  松岡先輩が階段を下り始めながら言った。 「んー、ていうか自分のためだし。目の前で怪我でもされたら堪らない」  ね、って笑いかけられてドキッとする。前を行く松岡先輩が「ん?」と振り返った。秋川先輩と松岡先輩が視線を合わせた。 「…あーー……、うん。そだな、うん」  松岡先輩が頷きながらまた前を向いて階段を下りて行く。 「つか橘たち席取れてっかな?」 「岡林が要領いいから大丈夫なんじゃないか?」 「あはは、だなー」  松岡先輩と秋川先輩が喋ってるのを聞きながら、肩を抱かれて歩いてる。  背中にチクチクと視線を感じる。  内野が見てる。  眞美ちゃんが内野に「何食べるー?」とか「さっきの授業でさー」とか話しかけてるのが聞こえてくるけど、内野の返事は聞こえない。    さっき僕は内野の腕を避けて、そして今、秋川先輩に肩を抱かれて歩いてる。  友達でも、やっぱりイラッとするのかな。  …するか。自分はダメで別の人はオッケーってなったら。  ほんと申し訳ない、けど、でも、だけど……。  僕はここにいたい  秋川先輩の腕の中に……
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