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 部活中、見上げたキャットウォークに保科くんがいて幸せで、身体が軽く感じた。  約束の17時半に1人で帰っていく保科くんを見送って、部活の全体練習が終わったらソッコーでスマホをチェックした。  ーーー家に帰り着きました  保科くんからのメッセージを見てホッと息をついて、居残りでシュート練習をした。 「秋川先輩」  1人で帰宅しようと靴を履き替えているところに声をかけられた。  この声は……。 「内野くん」 「すんません。ちょっと時間、いいすか?」  軽く頭を下げた内野くんが、思い詰めたような目で俺を見上げてくる。 「あ…、いい、けど……」  今日は将大は岡林と先に帰った。  内野くんはもう俺の顔も見たくないだろうと思っていたから、声をかけてくるなんて完全に想定外だ。  学校はもうすぐ閉まってしまうから、とりあえず外に出た。やや暗くなり始めた道を駅に向けてゆっくりと歩く。内野くんの家はたぶん、保科くん家と同じ駅だろうと思う。 「……土曜に話した時と、基本的な気持ちは変わってないんすけど……」  隣を歩く内野くんが、まっすぐ前を見ながら言った。 『オレ、まだ全然保科のこと好きなんで』  あの日の内野くんの言葉と、木の葉の濃い影の落ちた、強い目をした顔を思い出す。 「…でも、今日で更にあいつの気持ちが嫌ってほど分かったんで、もう昼とかはオレ行かないんで。2人が一緒にいる所にわざわざ混ざるほどメンタル強くないんで、オレ」  眉間に皺を寄せてそう言った内野くんが唇を噛み締めた。 「……ん、分かった」  君は十分メンタル強いと思うけどね、俺は。 「あの……、先輩あいつに何か言いました? オレのこと……」 「え? いや何も言ってないけど、なんで?」  疑う目付きで俺を見た内野くんが、ふいと視線を逸らした。 「……肩、組もうとして避けられたから……」 「あ……」  内野くんがもう一度俺を見る。 「それ…は……、うん。言った……。他の人とは、って……」  守ってくれたんだ、保科くん。 「…うれしそーな顔しないでくださいよ。オレ、めっちゃショックだったのに」  そう言って唇を歪めた内野くんの様子が、普段より幼くて可愛いなと思った。  保科くんとは全然違う可愛さだけど。 「ごめんごめん。でもほら、保科くんは俺の恋人だからね」 「うわ、またそれ言います? 好青年の見本みたいな顔して……」  非難がましい目を向けてくるけれど、内野くんからは以前ほどのトゲトゲした敵対心は見えなくなった気がする。 「でもとりあえず先輩が保科のこと大事にしてるってのは分かりました。階段の時もそうだし、あと、この状況で後ろ指指されることもなく、こそこそもせず見守られてんのも、相手が秋川先輩だからだってのぐらいはオレにも分かります」 「内野くん……」 「だから、不本意だけど今は、今は保科をよろしくお願いします」 『今は』  唇をぐっと引き締めて内野くんが俺を見据えた。 「……今は、とか付けなくても、ずっとずっと大切にするよ?」  手放すつもりなんか1ミリもないし、他に目移りなんかさせてやらない。 「……先のことは、分かんないじゃないすか」  口惜しそうな色を滲ませた内野くんの目が、俺を見つめている。 「だから、努力するんだろう?」  内野くんが口元を歪めて、そして大きなため息をついた。 「……正攻法でやってきて落としていった人にそんなこと言われたら、ぐうの音も出ないっすよ」  軽く肩をすくめて、かくんと首を横に傾けた内野くんが少し笑った。  でも、降参とは言わないんだな  それからは、もう何も話さず、駅の改札を通って一緒に電車に乗った。  内野くんはやっぱり保科くんと同じ駅で、俺に軽く頭を下げて降りていった。その真っ直ぐ伸びた背中を見送る。  もし、内野くんが先に告白していたら、はもう考えない。 『秋川先輩が、いいです』  力一杯抱きしめられた感触と、真剣な目をした真っ赤な顔を思い出した。  可愛い、俺の保科くん  早く明日にならないかな  早く会いたい  ああ、そうだ明日……
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