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「あの『予約』の紙、いつ貼ってんのか松岡に訊いたら貼っといてくれるって言ってて……。あ、あるある」  先週の金曜日にも来た2年生のフロアの空き教室。その時と同じように出入口に貼られていた紙を、秋川先輩がぺらりと剥がして戸を開けた。  廊下にいる2年生の先輩たちが僕たちの方をチラチラ見てて恥ずかしい。でも秋川先輩は気にしていないのか、僕の肩に腕を回しながら中に促した。 「…視線、気になるよね」  静かに戸を閉めて、カツンと鍵を閉めた先輩が言う。 「はい……」 「俺もね、気にはなってる。なってるんだけど……」  秋川先輩が、近くにある机の上にランチバッグを置いて、僕の手からもそれを取って先輩のの隣に置いた。 「正直なりふり構ってられないんだ。ごめん、弁当の前にちょっと……」  長い腕が僕の身体を包む。秋川先輩が、頭にちゅってキスしてくれた。  僕を両腕でぎゅうっと抱きしめてくれて、それから指の背で頬を撫で下ろし、顎を優しく持ち上げられる。  ……キス……  一瞬見つめ合って、すぐ目を閉じた。秋川先輩の広い背中に腕を回す。  柔らかく唇が触れて、啄むように吸われる。  キス…きもちい……  軽く息が上がるくらい口付けて、先輩が唇を離した。その離れていく唇をつい目で追う。  ……もっと…… 「…俺がやばいから、このへんで…、ね?」 「あ……」  少し掠れた声で囁いた秋川先輩が、僕をぎゅーっと抱きしめた。 「弁当食べよっか、ね?」 「はい」  僕も先輩をぎゅーっと抱きしめながら応えた。  窓を開けると梅雨の湿った空気が入ってきた。白い雲が空に広がっている。  天気がよくなくても、秋川先輩といると周りがキラキラ輝いて見える。  机を二つ横に並べてお弁当を食べ始めた。正面よりやっぱり隣がいい。  ちょっと動いたら肘が当たるぐらいくっついて座って、食べにくくて幸せ。 「あの、秋川先輩」 「ん? なに?」 「……朝練って見学…できますか?」 「あー…、ごめん。朝はダメなんだ」  眉を歪めて本当に申し訳なさそうに謝ってくれる。 「あ、いえ、全然……っ。決まりならしょうがないし……」  って言いながら、やっぱりしょんぼりした気分になっちゃう。 「ほんとごめんね、保科くん。ていうか可愛いなぁ、もう」  秋川先輩が目を細めて僕を見た。 「朝なぁ。朝から会えたらいいよなぁ。でも朝練終わるのギリギリなんだよね」  ちょっと眉間に皺を寄せて考えてる顔が格好いい。 「分かりました。残念だけど……。それに時々見られるし」 「あ、そうだよ保科くん。がっつり囲まれてたよね、女子に」 「え……っ」  綺麗な顔に、じっと覗き込まれてドキッとした。 「あの…みんなが秋川先輩が外にいるって教えてくれて……」 「うん。そうだろうなって思ったよ。保科くんが周りに大事にされてるんだなってホッとしたし。でも」  秋川先輩が僕を見つめたまま左腕を伸ばしてきて、おっきな手で頭を撫でてくれる。 「あの子たち、俺より俺の保科くんのそばにいてズルい、って思っちゃったんだよね」 「秋川先輩……」    お箸を左手に持ち替えて、先輩の方に手を伸ばした。「ん?」って顔をした秋川先輩のシャツを掴む。 「ぼ、僕も、ずっとそばにいたい…です……っ」 「わ……っ、嬉しいなぁ。ね、一緒にいたいね」  うんうんて頷き合って見つめ合った。 「保科くんといると、弁当食べるより保科くんを見ていたくなっちゃうなぁ」  なんて言って先輩が柔らかく笑う。  午前中の授業はあんなに長かったのに、昼休みはすごいスピードで過ぎていっちゃう。 「そろそろ教室に戻らなきゃね」って窓を閉める秋川先輩の背中から抱きついた。 「保科くん……」 「…ちょっとだけ……」  先輩の大きな身体に腕を回して、背中に頬をくっつける。  秋川先輩の匂いがする。  すりすりと頬を擦り寄せていたら、先輩がくすっと笑った。 「やっぱ猫みたいだね、保科くん」 「え……?」 「それと、俺も抱きしめたいから向き変えよっか」 「あ……」  秋川先輩のおっきな手が僕の手首を優しく掴んで、くいっと引かれた。  女の子の柔らかい手より、僕はこの強い手がいい  両腕でぎゅうっと抱きしめられたら、嬉しくて顔が勝手に笑う。 「こうやって補給しても、すぐ足りなくなるんだよなぁ……」  先輩が僕の頭に顔を擦り寄せながら言った。 「また明日も、2人で昼、食べよ? 保科くん」  ちょっと甘えるみたいに僕を抱きしめて先輩が言う。 「明日も明後日も、ずっとずっと2人で……。じゃなきゃ俺、保科くんが足りなくて干からびるよ……」  耳元で囁かれる声が真剣味を帯びていって、僕も先輩を抱きしめる腕に力を込めた。 「…はい。僕も秋川先輩と2人がいいです……」 「ん……。ありがと、保科くん」  秋川先輩は1年のフロアと2年のフロアの間の階段の踊り場まで送ってくれて、「また放課後にね」って言い合って別れた。
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