第59話 王様と油揚げ

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第59話 王様と油揚げ

「私たちは古い考えでしかなかったのかもしれません、門を抜け、思い知らされました。近代文明はすぐそこなのですね」 いや、いや、まだ先だし。んー。 「領主殿」 何じゃという返事です。 私たちはここで人の受け入れはやめようと思います。 「チサ殿、何故ですか?」 立ち上がったゲッヘイン、それを遮ったのは宰相様です。 「私どものようなものの話を聞いてくださり感謝いたします、打ち首でも何でもしてくださって結構」 「ま、待って、そんなことじゃないから」 では何を? 「手を結びませんか?」 どういうことですか? 「王政をやめ、民から代表を出し、政治を民がするようにするのです」 いや、いや。 「独立国と独裁国とは違いますからね」 「…やはり救世主様に助けを求めたのは誤りではなかった、そこまでわかっておいでとは」 「王様に、しっかりしろって、ケツを叩いてやればいいんですよ、親ならそうしますよね。民は王を見守る唯一の親なんですよ」 「ハハハ、親だからケツを叩けですか、そうですね、王が独裁者ではいけないのですよ、そうです」 と彼は言い聞かせるようにうなずいておられました。 ではまずお二人にはやってもらいたいことがあります。 何なりと。 お城の中にいる人を、一人残さず外へ出してください、家族以外、すべてです。 「ですが外へ出たら」 「ああ、馬や動物もすべて持って出てください」 え?ですが。 「そうなれば王は足で歩くしかありません」 もしも、外に出て、民家に行くようなら、人々はこういえばいい。 「王様は猫族以外の人を国に入れるなといった、ここは私の国、よその人は入れない。とね」 ははは、そんなこと。 「そんなことなのですよ、お灸をすえましょう、民を見下せばすべて自分に返ってくるのです、それをわかるようにしなければ、国は黙っていても滅びます、民家に入った時点で犯罪者ですからね」 「民をみくだした罰は王が受けろと」 そうではありませんか? 「…ハハそうですね」 「それともう一つ」 城門のそばに村を作りましたね。 今、そこを根城にしようと彼らは来たそうだ。 「ではそこに小さくてもいいのできれいな城を作ってください」 「城ですと?」 そうです、そして村を整理して国民が帰りたくなるような、新しい人たちが住みたくなるような村を作ってください。 「なぜだ?あそこは」 私はその言葉を止めました。 もしも、王様が、この国へ攻めようとしたなら、その城で止めてください。 「この国の味方になってください」 「ですが・・・」 出て行けって言われたんでしょ?でもどこへ行けとは言われてないし、何もするななんて言われていない。独立国の中に中立の独立国を作ってくださいませんか? 「民が、逃げてこられる場所を作っていただきたい」 「でも」 「できますよ」 だって王様は村を作れっていったのに、人がいないのですよ、村人がいないにのに村とは言えませんよね?だから誰が住んでもいいはずです。ナストール国民なら、誰でもね。そして誰が村を収める長になってもいいんです、王様だって良い、その村を収める人、その中心者にあなた方がなってくれればいいのです。 「ハハハ、聞いたか、素晴らしい、私たちじゃそんな考えは浮かばなかった。チサ殿、その話詳しくお聞かせ願えますか?」 では、話を詰めましょう。 そのころラグラダ王様はやっとこの領主さまの城のそばまで来ました。 「す、すまぬが水をもらえぬか?」 「どうぞ、お好きなだけ飲んでください」 ここは街の水飲み場です、誰が使ってもいい場所です。 両手を差し出しました。汚れている手。それを見てしっかりと洗うと流れ出る水をすくいあげました。一口飲むと、そのおいしさに、水に手を差し込み両手に受けながらごくごくと飲み、ハーッとそこで一息つかれたのです。 にぎやかだな。 見回すと、民の目がキラキラして見えます。 グー。 そういえば、数日何も食べてない。 それに足です、汚れたな。 二日歩いた、この私が、ふふふ。 洗濯をしている少女に声をかけました。 「えー、お金持ってないの?そんなにきれいな服着てるのに」 きれい、これがか? 見渡すと、真っ白な服を着た物はいません、生成りのようなものは洗ってはいるものの薄汚れたもの、綺麗か……。 「この先を右に行くと教会がある、頼んでみなよ」 教会。 グー。 「ハハハ、今日はカレーの日じゃないからねー」 洗濯物を抱えた女性が話に加わる。「残念だったね」 カレーの日? あれあんたよその人かい?この国の王様がね、兵士たちにだけ許した食べもんさ。 私が? 教会の中でやると匂いがずーっと残っちまうんでね、外でしか見ないんだよ。 そんなものあったか? 「王様はすごいよね、あんなうまいもの、この国で一番の働く兵士たちになんて」 「ああいい王様だ、私らは鼻が高いよ」 「もう少し税金が安けりゃいうことないけどね」 はははなんて女性たちが笑っている。 私の知らないもの?私が?何をした?感謝されるようなことを私がしただと? 頭を下げ教会のほうへ向かった。 領主さまの家の前です。 「感謝いたします」 「ありがとうございました」 「なに、これから、頼みます」 「はい、二つの国を守りますよ」 「よろしくお願いしますね」 はい。 お二人は帰られました。 「ムフッ!」 「父上、どうかなさいましたか?」 「チサ―!」 何?高い高いです。 「戦いは回避できるぞ、やったなー!」 まだまだこれからだよ! やったー、やった-と大喜びです。 一方教会へと来た王様です。 小さいな、ここが教会か? 木の家の前には小さく漢字の山にもう一本、その上にはダビデの星のようなものが一つ付いています。 中へ一歩はいると笑い声が聞こえます。 子供たちが何か美味しそうに飲んでいます。大人たちは何かを買っているようです。 近くへ行くと、台所が丸見え、間には仕切りのような細長いテーブル、その上にはいっぱい物が置いてあり、中からはいい匂いがしてきます。 「おじちゃん、冷たいの一つくださいな」 女の子がそう言いました。 無料の文字。 脇には寄付はお心使いで結構です、の文字が躍っている。 女の子は受け取ると子供たちの輪に入って行きました。 「お飲みになりますか?」 まだ冷たいのもありますが暖かい方がよろしいですか? 暖かいのをもらった。 ほのかに酒のような香りのする真っ白い飲み物、甘い。 見回すと、あの教会で見た同じものを売っているようだ。 「すまぬ、ここでも、あー、トーフとやらを作っているのか?」 「ここでは作っていません、水がおいしくないんです」 だがさっきあそこで飲んだ水はうまかったぞ。 それはのどが渇いていたからでしょう、トーフは隣の村から来ます、ここではそれを加工したものを売っています。 「油揚げか?」 「よくご存じですね、それだけじゃありませんけどね」 そこには見たことのない、そうじゃないな、よく見もしなかったのだから。 いろんなものがあるな。 「ここの王様は、大豆にだけは税金をかけてくれなかったので、貧しいものは本当に助かったんです。感謝しています」 感謝…か。 「おっちゃん、油揚げ二枚とガンモ四個頂戴」 「あいよ」 幼い男の子に声をかけた。 「よく買いに来るのか?」 「うん、おいしいんだよ」 そうか。 昔、父上とよく外へ出たものだ。 「よければどうぞ、あげたてです、熱いですよ」 「私は、金を持って…」 「お気になさらず、どうぞ」と言われた。 薄い木の皮に包まれた、黄色いものを手渡しでもらった。 「すまぬ……」 いいにおいが鼻をくすぐる。 ふー、ふー、口を開け端のほうをかんだ。カリッという後にじゅわーっと油が染み出て、香ばしい。香のいい塩の微妙な加減がうまい。 夢中で食べてしまった、あの時は、差し出すものとそれを扱う貧しいものと比べて、手にもしなかったのに、こんなにうまいものだったとは。 ありがとうと礼を言い、歩き出した。 「ねえ、きょうは、ナポリタンはないの?」 その声に振り返った。 幼い女の子が母親らしい人に尋ねている。 「ナポリタンはね?王様のお名前がついているから大事な日にしか食べないんだよ」 それを聞いて胸が熱くなった。私の名前、そんなものがあったのか? 目を落とすと汚れた足。 私は、何も知らぬ。 ハハハと笑いながら、さっきの男がこう言った。 「月一回のカリーの日と同じで月初めの日曜なんだ、ひとつつけくわえるぞ、ナポーリは王都の名前、この国を作られた王様の名前だよ?またおいで」 「えー、残念」 ナポーリ、始祖様、そうか、そうであろうな。 また歩き出しました。 「司祭様―助祭様がいらしたよー」 入り口で、頭を下げすれ違った男性。 あれ?今の御方は・・・。まさかな。目で後姿を追った。 「ダニエル殿、よくいらっしゃった」 その声に顔を戻した。 「お忙しいのにすみません」 一歩外へ出ると、子供たちが棒切れを振り回していた。 すると一人の子がこう言った。 「ナポーリを愚弄する狼藉ものめ、成敗!」 「うわーやられたー」 拍手する子たち。 なんだ、これは? だが遊ぶ子供たちになんだかうれしくなった。腹にも物が入り足も軽くなった。 施しと思ったが、彼らはそのつもりはないと言っていたのがいまさらながら分かった。 「ハハ、ナポリタンとは」 なぜかすがすがしさを覚えた。さあ、私も行こうとするか。 王様はまた歩き出しました。
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