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「知っているんですね?」
「よく来てくれてましたけど……」
「おれも知ってる。最近見ないけど」
口を開いたのは先客の中年男である。このバーの常連客のようだ。
「あんた、マスコミの人?」
バーテンも馴れ馴れしいが、客も馴れ馴れしかった。
「そう見えますか?」
「なんか、事件の取材とか……約野さん、なんか厄介事を抱えてたようだったし」
「事件……なにか心当たりでも……?」
先野は新展開を期待した。借金がある、というのはそれだけでなにか不穏な気配を感じさせた。これまでの探偵業でさまざまなトラブルに接してきたが、借金問題から警察沙汰に発展するような案件もあった。
「会社を辞めると言ってました。会社をやめてどうするのかと聞いたら、食うには困らないんだと言っていた。ギャンブルで稼ぐって」
「ギャンブル?」
「公営ギャンブルですよ。競馬、競輪、ボートレース、オートレースで稼ぐって」
公営ギャンブルなんかで稼げるわけはない。非正規雇用の派遣社員の給与が安いからといって賭博で借金が返済できるとは思えない。一発当てて大逆転を狙うという発想は、しかしありがちではあった。どうしようもなくなってわずかな可能性に賭けるというのは追い詰められている証拠だ。非常にマズい状況である。なんらかの事件がそこに付随するというのは、じゅうぶんにありそうだった。本当に犯罪の匂いがしてきた。
「入り浸っているようですよ。レースの開催日程を見て、あちこち行ってるらしい。でもそんなんで稼げるわけはないし、悪い人間に捕まったんじゃないかと……。おれが一度、オートレースに連れて行ったばっかりに、こんなにハマっちまうなんてな。人生狂わせちまったかな……」
「オートレース?」
オートバイのレースだ。マイナーであるが、そういうのもあると聞いたことがあった。
「意外と面白いですよ。モータースポーツで賭博ができるんだからなぁ。バイク乗りにとっては、熱くなるってもんじゃない」
「どこにあるんですか、その、オートレース場ってのは……?」
先野はシステム手帳を開いた。面白そうな話が聞けそうだった。
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