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どこで死んだかによってどこの警察署にリストが保管されるのかが変わってくる。本人がどこか遠いところで自殺したのなら、それこそ日本中の警察署を回らないといけない。しかも死体が誰かに見つかっていないといくらファイルをくっても見つからない。そもそも可能性が高いといっても死んでいるとは限らない。
「そうですね……」
力なく言った。
そんな三条の態度に職員は、
「お力になれなくてすみません」
「いえ、わざわざありがとうございました」
知人や家族をさがしているわけではないのに同情してくれる職員に悪いと思いつつ、本心で礼を言った。
三条は警察署を後にした。他県の警察署まで行くべきかどうか考えてしまう。今回の案件は本当に情報が少なかった。
☆
蛇井オートレース場。
正直なところ、ここへ来たからといって約野哲河に会えるとは思っていない先野である。金融部門に確かめてもやはり手がかりは極めて乏しく、発見するのはかなり厳しいかもしれない。三条が加わるのも無理ならぬことだろう。
それはともかく、地道な聞き込みしか方法はない。
入場料を払って場内に足を踏み込むと、眼前にはトラックを臨むスタンドが背中を向けてそびえたっていた。混雑どころか客はまばらで閑散としていた。一人で来ているらしき中高年男性が圧倒的に多く、平日の昼間っからこんな場所に出入りするようなやつはろくなもんじゃないと思わせた。約野も四十八歳だから、ここにいてもちっとも不自然ではない。
横に広い階段を上がって年季の入ったスタンド建物内に入ると、薄汚れたコンクリートの壁や床が薄暗い照明に浮かび上がり、どこかうらぶれた雰囲気を醸し出して垢抜けていない。
ラーメンなどの軽食を売るスナックスタンドから雑多な匂いが漂っていた。スタンドのすぐ前には丸椅子と長机が並べられていて、何人かの男たちがてんでに散らばって食べていた。親しく雑談しているグループなどはなく、誰もが独りだった。
さらに進むと、勝車投票券──車券を購入する窓口が壁にずらりと並んでおり、何人かが目をギラつかせて買い求めていた。
明るい開口部の向こう側へと移動した。
観客席だった。
一周わずか五百メートルの長円形コースが金網に囲まれていた。ちょうどレースが行われている最中で、強い日差しの下で八台のレース用オートバイが一団となって左回りに周回していた。エンジン音が高く響く。
振り返り、歓声のあがる、傾斜しているスタンドを見上げた。原色の樹脂製椅子が並ぶスタンドには思いのほか人が多かった。誰もがレースの行方を凝視して、オートバイの動きに合わせて頭の向きが変わった。銭を賭けているとなれば真剣になる。
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