8人が本棚に入れています
本棚に追加
パーテーションを背にスマホを見ているフリをして時間をつぶしていると、それらしい風貌の男がやってきた。何度も何度も見ているスマホの写真を見るまでもなかった。
先野を気にするでもなくドリンクバーのサーバーに歩み寄り、グラスを手に取って注ぎ口の下に置いた。ウーロン茶のボタンを押したところで、先野はそっと近づき、
「あの……約野哲河さん、ですよね……」
男が振り向いた。その目が驚きに見開かれる。そして……瞳のなかに緑色の光が……。
☆
まさか、と約野哲河は思った。
これで三回目であった。一回目はコーヒーショップ、二回目は蛇井オートレース場、そしていまである。いずれも声をかけてきたこの男が何者なのかは知らない。だが約野には好ましからざる人物に映っていた。というか、自分をさがしているような人物なら、もうそれだけでヤバいと思った。
多額の借金をかかえている約野にとっては、誰であろうと接触してくる人間は回避しなければならない。
そしてそれは簡単だった。
時間を巻き戻せばよいのだ。
三十分前――。それがタイムリープできる時間だった。
約野の瞳が緑色を宿す。
その次の瞬間、三十分前に戻っていた。
ネットカフェのブースのひとつに落ち着いていて、今夜はここですごすつもりだった。両側がパーテーションで仕切られた、わずか一帖ほどの極小スペース。そこにあるのはパソコンとリクライニングチェアのみ。ネットは使えるし、共用部分の店内の壁にはぎっしりとコミック本が棚につめこまれていて、暇をつぶすには事欠かない。基本的に一人で利用するところなので話し声もしないし、静かで快適な夜を過ごせる。
約野はスマホの時計表示であれから三十分前であることを確認すると立ち上がり、唯一の持ち物であるリュックをひっさげブースを出た。
ドリンクバーの前を通らないよう、遠回りして受付にたどり着くと退場する旨を伝え外へと出た。
まだ外は明るかった。七時をすぎているのだが、この時期ではやっと日が沈む時間帯だ。
どこへ行こうかと考え、これから別のネットカフェに入るとするなら一番近いのは……と、スマホで位置を確かめていたときだった。
「約野哲河さんですよね?」
いきなり声をかけられた。スマホから目を上げると、正面に女が立っていた。二十代なかばといったところ。知らない顔だった。
(ばかな!)
信じられなかった。回避したはずの危機が眼の前にあった。
最初のコメントを投稿しよう!