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借金の正体
その夜――。
先野光介と三条愛美は、約野哲河をつれて新・土井エージェントの事務所に帰ってきていた。時刻は八時をすぎており、事務所に残っている社員は少なかった。
マネージャに三人分の食事を用意しておいてくれと頼んでいたので、会議室には宅配ピザが届けられていた。憔悴していた約野にリラックスして話してもらおうという先野の配慮だった。人間、空腹だと気分まで暗くなり、逆に満腹だとそれだけで幸福感が増すものなのだ。
「いっしょに食事をしながらでも話をしてくれませんか」
そう説得して、渋る約野を三条が運転する社用車に乗せ、来てもらった。飯を食えばさらに心もリラックスする、と先野からピザをつまむ。
「どうぞ遠慮なく食べてくださいね」
三条もピザの箱を約野の前へと押し出した。
「借金についてはうちの系列の金融会社に落ち度があると思いますし、我々も力になりましょう」
四十八歳ということだが、こうして面と向かってみると、実年齢よりも老けた初老の男に見えた。これまでの人生で少しもいいことがなかったようなくたびれた顔から負のオーラが漂い出ていた。
最初はなかなか口を開かなかった約野だったが、転んだときに擦りむいた顔の傷口に絆創膏まで貼ってくれた、穏やかな先野と三条の態度に少しずつ話し始めた。
「借金をしたつもりはありませんでした。しかし現実に二千万円ものカネがローン会社から口座に振り込まれていました。ところがそのカネはその日のうちに引き出されていました。自分で引き出したわけではありません。そして翌月から返済が始まったんです。もちろん返済なんかできません。派遣社員として低賃金で働いていて、何度も雇い止めを食らっていたため貯金もありませんし、そもそもカネを借りたわけでもないのに――いや、借りたことになっているのかもしれないが、それで返済するなんて、どう考えてもおかしい。しかし督促はくるし、スマホや会社にも電話がかかってくるし、私は怖くなって会社をやめてアパートを出たんです。以来、スマホの電源も入れずに、根無し草の生活です……」
「金融会社には、約野さんのマイナンバーカードのコピーや会社の連絡先の記録までありましたが……」
三条は疑問を示した。
「それも謎です。なんでそんなものがあるのか……。なにかとんでもない陰謀に巻き込まれたかのようです……」
「二千万円が振り込まれる前になにか兆候はありませんでしたか? たとえば、パソコンがウイルスに感染してしまったとか……」
先野が質問する。
「いえ……そんなことは……ただ、その……」
「なにか心当たりが……?」
「いえ、そのぅ……なんでもないです」
「ふむん……ちょっとタバコを吸ってくる」
先野は席を立った。
「食事を続けてください。欲しいものがあったら、こちらの三条に言ってください」
会議室を出ていった。
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