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三条と約野のふたりだけになった。
沈黙がおりた。
「いま、なにか言いかけましたけど――」
三条は会話をうながした。
「どんな小さなことでもうかがいます。わたしたちは探偵なんですから」
うつむく約野は膝の上に置いた拳を握りしめ、なかなかその先を語ろうとしない。
「私は、騙されてしまったんです……」
やがて、観念したかのように絞り出した。
「やはりそうでしたか……」
「いえ、探偵さんが思っているようなことではないんです。これは……きっと私の業が生んだ罰なんです」
三条は黙って聞く。
ためらいがちに約野は言った。これから私が言うことは信じられないと思いますが……と前置きし、
「私は、ある占い師からタイムリープの能力を持ちかけられました。マンガとかでおなじみの、時間を遡行して同じ時を二度経験できる能力です。思い返せば、私の人生は後悔ばかりでした。あのときもそうでした……」
約野はそのときのことを思い出しながら言を継いだ。
チンピラにからまれ有り金をふんだくられてしまった直後だった。警察に届けたところで取られたカネが戻ってくるわけでもない。あの時間あんな場所を通らなければ、こんなひどい目に遭わずにすんだのに。
そんなことを考えていたとき、道端の占い師に声をかけられたのだ。シャッターの降りた空き店舗の前に置かれた机の向こうに座る女が、じっとこちらを見つめていた。
『ご自分の不幸をなかったことにしたいと思っているでしょう?』
若い女だったということもあって、フラフラと近づき話を聞いてしまった。
『できますよ。時間を戻ってやり直すことが。その能力がほしいですか? たとえば強盗に遭う前とかに』
『なんでそれを!』
半信半疑だったが、その一言で飛びついてしまった。過去をやり直せる能力。それさえあれば今後の人生、もう決して間違ったりはしない。間違っても修正すればいいのだ。だが、
『できるのか、そんなことが?』
『承諾しますか?』
『もちろんさ』
『その代わり借金を背負いますが、いいですか?』
『借金……どれくらいだ?』
『二千万円です』
『……』
大金だ。しかしタイムリープを使えば稼げないことはないのではないか。それに、占い師の戯言かもしれない。信じたところで損をするわけでもないだろう。
『わかった。承諾する』
『では交渉成立です。さっきの強盗に遭遇する前に戻ろうと、意識してみてください』
あっさりそう言うので、言うとおりに思い浮かべてみた。そして閉じた目を開けたとき、三十分前にタイムリープしていた。チンピラにからまれる前の時間とその場所に――。
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