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手がかりの少ない捜索人
約野哲河、四十八歳、男性。職業・非正規派遣労働者。独身で両親はすでになく兄弟もいない。
貸付額は二千万円。保証人の不要な低額貸付ならわざわざ債務者をさがし出すことはなく、焦げ付いても保証会社が間に入ってくれるが……これはそうはいかない。
ならば保証人に請求すればすむ話ではないかとなるが、その保証人がいないのだという。しかも担保さえない。
よくこんなやつに金を貸したなと金融部門の失態に呆れつつも、先野はまずは自宅へ行ってみることにした。
使い勝手のいい原付バイク(会社所有)に乗って着いたアパートは、古い二階建てのアパートで「ドミールサンシャイン」という適当感のあるネーミングの看板が薄汚れていて、二階に続く錆の浮いた鉄階段の手すりにはクモの巣が張っていた。
一階、103号室が約野が借りている部屋である。玄関ドア横の目立たない呼び鈴を押してみるが誰も出てくるはずもない。
(もう住んでいないのだろうな――)
夜逃げしたかどうかは確認がとれていない。ともかく金融部門は調査部門に丸投げといった感じなのである。
アパートの他の部屋を片っ端から訪ねて聞き込むことにした。が、留守の部屋が多く話が聞けない。平日の午前中というのもある。自宅で働くことが可能な職種もあるとはいえ、それはどちらかといえばマイノリティだ。
一戸だけ返事があった。一人暮らしらしき白髪の老婆が、まだらに塗装の剥げたドアの隙間から胡散臭そうな目を先野に向けてきた。見知らぬ人間が訪問してくると、それはたいがいろくでもない要件なことが多い。警戒するのも当然だった。
「あの、ちょっとすみません。実は103号室の約野さんのことで――」
「こんな昼間っからいるわけないだろ」
老婆はシワだらけの顔をしかめた。
「非正規で働いていらっしゃると聞いています。なので、短期間であちこち職場が変わるようで、我々も追いかけられないのです。なにか存じませんか?」
「あんた、借金取りだね? あたしゃ関係ないし、そもそもその人とは付き合いがないからなにも知らないよ」
入居者の入退去が激しいアパートで単身生活をしている人間は、近所付き合いなどしようとは思わない傾向があるから知らなくても不思議はない。これが一軒家なら、隣近所がどんな暮らしぶりをしているのか、自分よりもいい生活をしているのかどうか気になってしまうものなのだが。
「その人、借金をしてたんですか?」
先野はとぼけた。
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