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「そのスジの人が来てたから、嫌でもわかるわよ」
「なるほど……」
どうやら金融部門は一応、訪ねてはきていたらしい。むろん借金は、他の金融機関からもしていたということもあり得た。ヤクザが来ていたかもしれない。
だいたい首が回らなくなる債務者は、一ヵ所だけからの借金をしているというのはほとんどない。返済ができなくなって、あちこち手を出して雪だるま式に借入額がふくらんでいくというのはよくある。当事者にしてみればもう打つ手がない状態で、精神的にも追い詰められて、違法な闇金にまで頼った挙句、ある者は自ら命を絶ってしまう。もしかしたら約野哲河はすでに死んでいるかもしれない。
「そうですか……実はわたくし……」
先野は身分を明かした。
名刺を受け取った老婆はいっそう険しい表情を見せ、
「探偵……?」
と、先野の顔を見る。探偵が「いかがわしい商売の人間」だと思われてしまうのは珍しいことではなかった。カネをもらって他人のプライバシーを暴こうとする、質の悪いヤカラだと。確かにやっていることはまさにそのとおりで反論はできないのだが。
老婆は名刺を突き返し、
「あんたがたとえ警察であっても、なにも話すこたぁないよ! 大家にでも聞きな!」
「大家さんって、どこの誰ですか?」
「それを調べるのも探偵なんだろ?」
「調べるといっても、結局はこうやって人に聞いて回るしかないわけで……」
「ふんっ、ちょっと待ってな……」
老婆は一度奥へと引っ込んだ。そしてなにかを手によたよたと戻ってきた。大家からの年賀状だった。
「ここに電話番号も書いてある」
印刷された年賀状は、いかにも通り一遍の、業務用といった親しみの感じられないものだったが、きっちりと住所と電話番号が入っていた。
「あ、これはありがとうございます」
先野はビジネス手帳に素早くメモする。
「用がすんだら、とっとと行きな」
そう言うと、バタンと勢いよくドアを閉じた。言葉は汚いが根は悪人ではないようだった。
メモ書きした住所を見ると、大家はここから二キロと離れていない場所に住んでいた。電話番号は固定電話だ。代々の地主でアパート経営をしてきたのかもしれない。
先野はさっそく電話をかけて尋ねてみた。
ところが、
「いやー、うちはもう管理会社にすべておまかせしているので……」
などと、どこか他人事のような対応だった。店子にわざわざ年賀状を送るというからには、もう少し協力的かと思ったのだが……もしかしたらあの年賀状もその管理会社が送ったのかもしれない。大家とはいっても店子の顔さえ知らないかもしれない。大家というより、物件のオーナーといった感じだろう。
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