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リターン一回目
原付バイクをコーヒーショップの自転車駐輪スペースに置くと店内に入った。店内はそれほど混雑していない。シニアマダムが雑談していたり、学生らしき若者がスマホを眺めていたり、ワイシャツ姿の営業マンがノートパソコンを開いていたりしている。道路に面したガラス張りのカウンター席も空席だらけで、そこに落ち着こうと決めてレジに向かう。
「この人、見たことないですか?」
先野は、コーヒーの乗ったトレーを受け取った際に店員にスマホの写真を見せて尋ねてみた。若い女性店員は首を傾げる。
「さぁ……わからないです……」
「そう。どうも……」
最初から期待していなかったから落胆することなくカウンター席に移動した。
居酒屋やスナックが開店する時間にはまだ間があった。そこへ行く前にもう一度アパートに寄ってみて帰宅してきた入居者を訪ねてみれば、なかにはターゲットを知る人間がいるかもしれない……。
そう思いながらホットコーヒーを味わう。ブラックである。コーヒーに砂糖やミルクを入れるのは邪道だ、と苦い液体を味わう。本心ではこんなものをうまいと思う人間の気が知れなかったが、それでもブラックコーヒーを飲むのは先野のこだわりだった。曰く、探偵はコーヒーをブラックで飲まなければならないのだ。
約野哲河本人を知る人間に接触する必要がある。アパート住まいの独身男では近所づきあいはなさそうだったが、どうにかして誰かに接触したかった。
勤め先に尋ねてみるというのも難しかった。非正規雇用というのは職場との人間関係が薄い傾向にあるため、派遣先が判明したとしてもなにもわからないかもしれなかった。
(わかるのが派遣会社だけでは……)
金融部門からもらえたのは、その会社名と連絡先だけで、これではどうにもならない。電話をしても取り付く島さえないだろう。不審がられないように話をするには手がかりがなさすぎだ。開いたシステム手帳にはほとんどなにも書かれてはいない。
(思ったよりも難しい案件かもしれない……)
ただ、これまでの探偵業で手がかりの少ない依頼も解決してきたという自負があったから、今回もきっと完遂できるはずだと、あきらめるつもりはない。
鼓舞するかのようにうなずいてシステム手帳を閉じると、残ったコーヒーを一気に飲み干し、苦さに顔をしかめそうになるのをこらえ席を立った。
(さて、そろそろ行くか……)
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