リターン一回目

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 アパートから徒歩二十分。JR松午駅。市街地へは快速電車で四十分ほどかかる郊外の駅である。高架はされておらず、上下線のホームが跨線橋で結ばれ、古びた駅舎がいい味を出していた。駅のすぐ横の踏切は、ホームに電車が停車しているときにはずっと遮断器が降りていて、通せんぼされたクルマの列が長くなっていた。  その駅舎からまっすぐに伸びている道路の両側は、いわゆる駅前商店街である。昔から駅と共存する地域の生命線だが、テナント募集中の張り紙がされたシャッターが降りているところがいくつもあり、衰退しているのが誰の目にも明らかだった……。  その一角にバー「ジョイ」は店を構えていた。最近では珍しいネオンサインが扉の上で青く光っていた。  駅の駐輪場に原付バイクを預けた先野はドアを引いて店内に入った。 「いらっしゃぁい」  どこか元気のない、気だるそうな男の声が探偵を迎えた。  カウンター席と、テーブル席が二つ。店員は五十代ぐらいのバーテン一人だけ。客は一人、カウンターの一番奥のスツールに陣取っていた。こちらは四十代ぐらいのスーツを着た脂ぎった顔の腹の出た男だった。会社帰りに立ち寄ったのだろう。 「お一人様ですか。カウンター席にどうぞ」  言われるままに、先野はカウンター席――先客とはスツール一つあけて落ち着く。壁にはいつから貼っているのかわからない、古いビールのポスター。たぶん内装の一部と化していて、取り換えようという気も起きないのだろう。 「お客さん、見ない顔ですが、初めてですか?」  どこか馴れ馴れしいのは、客がこの町に住む人間ばかりだからなのだろう。 「初めて来ました。ウィスキーをロックで。つまみはピスタチオを頼む」 「はいよ」  バーテンは酒を用意する。仕事とは別に、どんなウィスキーをチョイスするのか期待する。 「どちらからいらっしゃいました?」  思っていたよりも大きな氷の入ったグラスと、思っていたよりも少ないピスタチオの入った小皿を先野の前において、バーテンが尋ねる。  グラスを口にふくんで香りを味わって、シングルモルトね……とうなずくと、 「人をさがしていましてね」  バーテンの問いには答えず、先野はスマホを取り出した。写真を表示させ、 「約野哲河さんという人なんですが、知りませんか?」  バーテンと、ついでに先客にも見せる。 「この人……なにをやらかしたんですか?」  バーテンが身を乗り出してきた。
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