未来へ

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あの日、わたしは大きな過ちを犯すところだった。 絶対にやってはいけないことだった。 目を閉じて、眠りにつこうとしていたわたしに、お祖母ちゃんとお母さんが何か言っていた。 それがやがて律の姿になって、今度は、はっきりと律の言葉が聞き取れた。 泣きたいことばかりじゃなかった。 いっぱい、楽しいことがあった。 飯島さんの笑顔も、大和さんの優しさも、決して作り物なんかじゃなかった。 どうして、悪意にばかり敏感になって、温かい心に鈍感でいたんだろう? わたしを受け入れてくれる人たちに、たくさん出会えていたのに。 ずっと、死ぬ場所を探していた。 でも、いつの間にか、それは自分の気持ちから逃げているだけになっていた。 律に拒絶されることが怖くて、本当の気持ちを言えなくて、逃げ道を探していただけだった。 間違ってた。 死のうなんて考えたらだめだった。 一番だめなことだった。 律は、いつも言葉にはしなかったけれど、ずっとわたしに言い続けてくれてた。 律が、母に手錠をかけたあの日から。 何度も、何度も。 『生きろ』って―― 初めて、律がわたしの借金を肩代わりしてくれた本当の意味がわかった。 待ってくれてたんだ。 ずっと。 わたしが自分から生きたいと思うようになるのを。 前を向くのを。 待ってくれていた。 まだ暗くなりきってしまう前に、急いで山道を戻った。 電車とバスを乗り継いで、あの場所へ向かった。 わたしにとって、はじまりの場所へ。 あの陸橋に立って、空を見上げた時、辺りは暗くなっていて、空には降ってきそうなくらいたくさんの星が光っていた。 一つ一つの星がキラキラと輝いていて、それをとても尊いと感じた。 わたしの真上に見える夜空。 それは無数にある星の中の、ほんの一部だけ。 この星空は、見えない場所にも広がっている…… 『命に責任を持ちなさい』 わたしに何度も言ってくれた祖母の言葉を、もう二度と忘れたりしない。 どのくらいここに立っていたのか…… わたしはカバンの中からスマホを出した。 ずっと、押すことのできたかったアイコンをタップする。 電話の相手を呼び出す音がいつまでも続いたらどうしよう、って苦しくなった。 でも、それはすぐに終わった。 「律、わたしを見つけて」 それが、初めて律にもらったスマホで伝えた言葉だった。 あの日、わたしを見つけてくれた律は、輝く星空の下で抱きしめてくれた。 「環、人は未来に向けて生きられるんだ」 律は、過去を忘れなくていいと言う。 過去も全部わたしだと言ってくれる。 悲しいことを思い出して泣いてしまっても、そばに必ず自分がいることを忘れるなと言ってくれる。 「自分は愛されてることを絶対に忘れるな」 今、目の前で、ご飯を食べている律を後ろから抱きしめた。 「環、食べにくい」 「ん」 「まぁ、いいけど」 そう言いながら、振り向いた律の目は優しい。 それでさっきよりもっと、ぎゅーっと律を抱きしめて、思っていることを伝える。 「律、大好き」 律は持っていた茶碗と箸をテーブルに置くと、律を抱きしめているわたしの手の上に自分の手を重ね、わたしの指先にキスをした。 「環が思ってるよりずっと、俺は環が好きだよ。これからもずっと奥さんのことは大切にする」 END
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