三度の奇遇

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 病室のあるフロアからエレベーターに乗り込むと、先客が一人いた。  一階のボタンが押されていたため、生田はそのまま反対の奥側に居場所を定めた。  すると、乗客の男性が振動したスマホを取り出して操作をし始めた。  何気なくそれを目に留めた生田は、スマホの手帳型カバーが自分のものと同じで、スマホを手に持つ腕につけられていた時計は、生田が長年欲しいと思っていたオメガだと気がついた。  思わずその男性の顔を見た。  彼はホテルのラウンジで目を合わせた男性だった。  狭いエレベーターの中での生田の挙動に意識を逸らされた男性も、生田を見た。  すると彼も生田のことに気がついたようだった。  瞬間、エレベーターの中は気まずい空気で満たされたが、ちょうど一階へと到着し、二人はバツの悪さを数秒ほど味わっただけで済んだ。  生田は病院を出て最寄りの駅ビルで昼食をとり、ラウンジで読み終えてしまった本の代わりにと、帰路の新幹線で読むつもりの本を買いに、同じビルの本屋へと入った。  中規模程度のその店は、昨今縮小されてきている本屋としてはまだ広い区画を保ち続けていると言える。  生田は海外文庫の並ぶ棚へと足を向けた。休日で賑わっている中で、ここだけは人気がない。男性が一人、立ち読みをしているだけだった。
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