三度の奇遇

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 目的の小説を探していると、その男性の目の前の棚にあることがわかった。生田は少し躊躇したが、構うまいとして手を伸ばした。その時、男性の読んでいる本が目に止まった。今まさに手に取ろうとしている小説の1巻、先程ラウンジで読み終えたばかりのものだった。  好奇心にかられた生田は、その男性の顔を覗き見た。  男性は、ラウンジで目を合わせた見知らぬ人物で、先程エレベーターの中でも居合わせた人物だった。  男性も生田の存在に気がついた様子で、生田が自分を覗き見た瞬間に目を合わせた。  たった数時間の間に全く別の場所で三度も居合わせるとは、この奇妙な偶然に二人は可笑しさを堪えきれなかった。 「すみません、先程もお会いしましたね」  生田が先に口を開いた。 「まさかホテルや病院だけでなく、こんなところでもお会いするとは」  男性も気恥ずかしげな表情でそれに応えた。 「えぇ、しかも同じ小説が目当てだったようです」  そう言って生田は、伸ばしかけていた手で目当ての2巻を棚から取り出した。  男性はそれを見て、顔を赤らめて目を逸らした。 「あ、あの、先程ラウンジでお見かけして、高校の時に挫折したことを思い出して、その、再挑戦しようと思いまして」  それで自分の方を見ていたのかと納得した生田は笑顔を向けた。
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