落ちるのは突然のこと

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 まるで別世界のようなこの家に来たことで現実感が薄くなったのか、いつもとは違う自分をそう説明づけようとしたが、そうではなくいつの間にか久世のことを、これまでとは違った形で意識していることに気がついた。  一緒にいるのに視界から消えると探してしまう。久世が何を考えているのか案じてしまう。自分のことをどう見ているのか不安になる。  久世と出会ってから、早苗のことをほとんど思い出さなくなっていることにも思い至った。せっかく東京へ来ているのに顔も出そうともしていない。    立ったまま身動きをしない生田を案じた久世は、水の入ったグラスを持って近づいた。 「大丈夫か? シャワーで酔いが回ったのか?」  生田よりも背の高い久世が、身を屈めて生田の顔を覗き込んでいる。  久世が近づくと、自分の着ている服の香りと混じり合って、さらに久世の匂いが強くなった。  セットが少し崩れて顔に垂れている前髪が妙に艶かしく見える。その下にはあの切れ長の目が自分を案じる眼差しを向けている。俊介に向けていたあの睨みつけるような視線を思い出すと、それだけで心臓が脈打った。  自分はいったいどうしたというのか。久世の言う通り、シャワーで酔いが回って頭がおかしくなったとでもいうのか。  生田は、身体が熱くなるのを自覚した。  これでは欲情してしまっているみたいではないか。
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