来客

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来客

 生田がリビングの隣の部屋で着替えをしているとき、玄関の方から物音が聞こえた。  久世がそちらに目を向けると、ドアを開けて若い女性が入ってくるところだった。  こたつに座っている久世の存在に気が付かないまま、女性はこちらへ歩いてきた。リビングまで来てようやく気が付いたようで、驚いた表情を浮かべて身体を強張らせた。 「あ、すみません。あれ? 雅紀は……」  聞かれたので、久世はおずおずと隣の部屋を指さした。  女性は遠慮がちにそちらの方へ歩み寄り、襖を開けながら声をかけた。 「雅紀、入るよ」 「えっ!」  襖は閉じられ声が少し小さくなった。 「みどり? なんで?」  内容ははっきりと聞こえている。 「車借りたじゃん。今日午後使うから返しに来てって言ったの雅紀でしょ。忘れてたの?」 「あ、そうだ。ごめん。ありがとう」 「これ車のキー、ここに置いておくよ」 「ありがとう」 「どうすんの? 今夜の約束は」 「約束?」 「昨日言ってたでしょ、映画行こうって」 「あーー……行ってた……ね」 「なにそれ? それも忘れたの?」 「ごめん。今日はちょっと……なしで……」 「えーー! それなら早く言ってよ。友達に誘われたのに断っちゃったじゃん」 「ごめん……」  ここでいきなり小声になった。それでも丸聞こえだ。 「……あの人と一緒なの?」
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