曲者

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 翌朝、比玄に呼び出されたラフリンは比玄の部屋を訪ねた。光り物で装飾された品のない部屋。天蓋つきの寝台にはぐったりと横たわるインフィンがいた。昨日のうちに解放されなかったということは、余程気に入られたのだと分かる。 「(ちん)は、この者を気に入った」  比玄は黒絹を羽織ると、窓を向いて言った。 「そのようですね」 「お前のことも、気に入った。将軍としてだ」  ラフリンはインフィンの意識がないことを確認して、顔を覆う頭巾を肩に落とした。比玄に向け、品よく笑って見せる。 「それは何よりのお言葉。比玄様にいただいたこの地位と名、タンチョウ族を滅ぼすことで恩返しできればと思います」 「うむ。お前の二千騎は、実に良い動きをする」  当然だ。血反吐を吐くほどの調練を積んできた。初めこそ不満を漏らしていた兵士も、今では命令に忠実だ。ラフリン隊は、座貫の切り札とも言える存在となっていた。 「ですが、二千騎で出せる戦果には限りがあります。次の遠征で勝利をあげたら、千騎程増強したいのですが」  比玄はラフリンを一瞥した。出過ぎたことを言うなという風にも、関心している風にも見えた。 「勝利をあげたら、それも考えよう」 「ありがとうございます」 「インフィンを連れて行け」  ラフリンは小さく頭を下げて、頭巾を被って寝台に伸びるインフィンに向かった。意識のないインフィンを抱え上げると、精液の臭いが鼻腔を突いた。ほんの少しだけ、哀れに思った。  比玄の部屋を出て、庭の離れにインフィンを運んだ。低い寝台に寝かせ、濡らした布で体を拭いてやる。 「うう」  胸の突起は腫れ上がり、排泄の為に備えられたそこは赤く膨れている。三日は痛みが続くだろうが、三日を待たずに再び体を開かれるため、その痛みは延々と続く。  インフィンの目蓋がヒクヒクと動いて、虚な目が天井を見上げた。 「比玄様はお前を気に入られた」  インフィンの絶望する表情は、窓から差し込む太陽のおかげで昨日よりもはっきりと見えた。 「喜べ。昨日のような営みが毎晩続くんだ。そのうちお前の穴は、排泄よりも陰茎を咥えた回数の方が多くなる。毎晩あの蜜で排泄を促すから、そのうち排泄の仕方を忘れるぞ」 「や……や、だ」 「死にたいなら手伝ってやってもいい」  ラフリンは丁寧に、インフィンの薄い身体を拭った。インフィンが泣くので身体がヒクヒクと震えている。 「ううっ……」 「兵を相手にするより良いだろう。お前は美しいから……」  言いかけ、自分の言葉にギョッと口ごもった。  インフィンがピタッと泣き止んで、続きを言えとばかりに顔を上げた。 「どうして黙るのさ」 「比玄様に気に入られた。それは幸運なことだ」  インフィンは形の良い唇をムッと突き出した。 「もっとその前を言ってよ。僕は美しいって」  ラフリンは驚いて、言葉に詰まった。  ふわりと柔らかい金髪と、日光を知らない白い肌、青々と透き通るような瞳は確かに美しい。美しいが、こうも本人が肯定的だと素直に認めたくなくなる。  インフィンは頭巾の下を覗き込もうと首を伸ばした。それでは足りず、細く頼りない手を頭巾に伸ばす。 「無礼な! 何をする!」  ラフリンは反射的に手を払った。 「なんで顔を隠すのさ」 「軍略の一環だ」 「ぐんりゃく?」  インフィンの視線は頭巾から、ラフリンの胸元、膝へと移動した。ラフリンも釣られるようにそこを見る。膝には、土色の毛髪が落ちていた。 「馬の毛だ」 「アンタの頭巾から落ちるのを見た」  「なら頭に付いていたんだな」  インフィンの手が毛髪に伸びて、ラフリンは素早くそれを先取した。インフィンの美しさと無邪気さに戸惑う。とても同い年の男を相手にしているとは思えない。まったく、この男はどういう育てられ方をしたのか。 「栗色の髪は、座貫では珍しいんじゃない?」 「馬の毛と言っているだろう」  ラフリンはせっせとインフィンの身体を拭いた。 「じゃあ、アンタの髪は何色なの?」 「ラフリン殿と呼べ」  最後まで拭いてやるのも煩わしくなって、ラフリンは寝台を降りた。濡らした布をインフィンの腹に放り投げると、インフィンは魚のように跳ねた。 「ラフリン殿の髪は、何色なの?」  部屋を出る寸前で、背後からインフィンが言った。 「……ありふれた黒色だ」  言った瞬間、惨めさが湧き上がった。答えるんじゃなかった。土色の毛が、触っていないのにむず痒くなる。  ラフリンは逃げるように部屋を出ると、茂みの奥にひっそりとあるボロ蔵に入った。粗蛇を飼育する為の蔵だ。  念の為に扉に剣を立て掛け、膝を抱えてしゃがんだ。頭巾を剥いで、乱暴に髪をかき乱す。 「インフィンっ……!」  あの美しい金髪には価値がある。数千の兵士でも補えないほどの価値だ。色素は薄い方がいい。中途半端なら、黒い方がよほどいい。  ラフリンは髪を顔の前に引っ張って、土色の醜いそれを睨んだ。「汚い」比玄が自分を初めて見た時に発した言葉を思い出す。 「なんだ、お前のその頭は。汚しい」  ドッと笑いが起こったのを、今でも鮮明に思い出す。比玄のガッカリとした表情も。「そう言わんでやってください。こいつ、金髪になれば比玄様に気に入られると思って、毎日尿を浴びていたんですよ」  黄李がそう説明すると、比玄は興味を持ったように、 「尿で色素が抜けるのか?」  と聞いてきた。この機会を逃すまいと、ラフリンは熱心に説明した。牛の尿は特に効果があること。人間ならば、戦地から帰ってきたばかりの者が効果的であること。比玄は聞き終わると、「汚らわしい」と吐き捨てた。  黄李が手綱を引っ張って、ラフリンは咄嗟に口を開いた。何か、気を引くようなことを言わなければ。王に取り入り、兵士の慰み者から這い上がるのだ。 「お、王の尿をっ……俺にっ、俺に掛けてください!」  ドッと笑いが起こった。 「ここにはっ……王の尿を受け止める汚れた人間がいないっ……美しい者を寵愛し、汚らわしいこの俺を、排泄処理に使われてはいかがでしょう!」  周りの者が笑う中で、たった一人、黄李だけが、ラフリンをじっと射るように睨んでいた。脅威。その瞳にあるのは、底知れぬ力で這い上がろうとする男への、本能的な警戒心だった。
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