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早朝、タンチョウ族が都南から西へ移動したという伝令が入った。ラフリンは麾下を集め、都南より西にある天天を目指して出動した。
都南から天天まで、およそ二十里の砂漠がある。兵力を温存する為にも、天天まで引きつけて迎撃するのが好ましい。タンチョウ族は砂漠に慣れているから、砂漠で戦えば勝ち目はない。
天天につくと、ラフリンは二千騎を三つに分け、自らは横から攻める位置に付いた。
日が高くなると、砂漠の先にタンチョウ族が現れた。
タンチョウ族は薄茶色の、麻で作られた簡素な作務衣を身に着ける。彼らはそれで飯を食い、遊牧をし、戦をする。
彼らは作務衣が血で汚れても洗わない。汚れの濃さ、範囲の広さで強さを誇示しているのだ。
遠目からでも、先頭を走る男の作務衣が一際赤黒く変色しているのが分かった。
「進めっ!」
ラフリンは剣を引き抜き、隊を率いて砂漠へ駆け出した。頭巾だけでは顔を隠しきれないので、戦に出る場合は目元以外を黒布で覆っている。
タンチョウ族の騎馬隊と、まともにぶつかり合う。血が全身を駆け巡った。怯む心をグッと腹の底へ押し込める。
「怯むなっ! 殺せっ!」
先頭を走るタンチョウ族の男と、馬上で刃を交わした。相手の長剣は何人も人を斬ったような刃だった。
「我が隊とっ、騎馬で戦うつもりか!」
男は喜びを禁じ得ないと言う風に、高らかに言い放った。
「……っ」
相手の馬が大きくのけ反り、その反動を使って男は馬首を反転させた。
「撤退!」
男は剣先を都南へ向け、馬を走らせた。タンチョウ族の騎馬は次々と馬首を反転させ、男の後を追った。
指示を待たずに追撃しようとした騎馬を見つけ、ラフリンは撤退の合図を送った。
「生存者を俘虜とし、馬を鹵獲しろ!」
主人を失った一頭の馬が南へ走り出したのを見て、ラフリンは背負っていた麻袋から矢を取り出した。両腿で馬を挟み、走り出した馬を目掛けて矢を放つ。
文付きの矢は、風のない砂漠を追進して、馬の背に刺さった。馬はのけ反ると、再び南を目指して駆けた。
「追撃するなどと息巻いて、随分と早い帰所ではないか。ラフリン?」
比玄のそれは叱責というより、純粋な問いかけのように聞こえた。
「砂漠の中で長時間戦うことに、我々は慣れておりません」
ラフリンは簡潔に答えた。
「だったら、はなから追撃なんてする気がなかったってことじゃねーか」
黄李が言った。
「それでも、今まで黄李将軍が上げられなかった戦果を上げました」
「なんだとっ!」
黄李の太い腕が、ラフリンの胸ぐらを掴んだ。
「将軍が、引き際を間違えるなどあってはなりません」
「貴様っ……誰のことを言っている!」
「俺自身のことです。あのまま追撃を選び、砂漠で衝突した場合、我々の犠牲はタンチョウ族を上回っていたことでしょう。それに都南は奴らの占領下にあります。都南に近づくのは危険だ」
ラフリンは小さく笑って言った。
「誰も、黄李将軍が引き際を間違えているなど、言ってませんよ」
ラフリン隊には鹿の干し肝が配られた。栄養価の高い貴重品は、兵卒に配られることは滅多にない。兵は貴重な栄養源を食うなり、我先にと慰み役のいる舎営へ向かった。
ラフリンも久々にそこへ向かった。
骨組みに布の幕を張っただけの簡素なそこには、子供から大人まで男女問わず詰め込まれ、盛んな兵士たちの性の吐口となっていた。
「ラフリン将軍だっ! お前らっ、今すぐ離れろっ!」
ラフリンに気付いた兵が言って、一斉に行為が中断された。
「かまわん、続けろ」
短く言ったが、ラフリンの声は震えていた。全身を虫が這っているような不快感。身が食い尽くされるような恐怖に襲われる。
恐ろしいと思った。この中にインフィンがいたかもしれない。金髪碧眼の美しい男が乱暴にされていたかもしれない。
「ラフリン将軍?」
ハッとして視線を向けると、まだ十歳ほどの少年が尿を掛けられているのが目に入った。
「何をしているっ!」
反射的に声を荒げた。兵士はラフリンに気付いたが、その先端からはチョロチョロと尿が止まらない。少年は兵士の尿が髪に当たるように、自ら頭を差し出した。
「や、やめろっ」
ラフリンは言って、少年の側にしゃがんだ。
「ラフリン将軍、こいつ、自分から掛けてくれって言ったんですよ」
「しょ、将軍さま……?」
少年は尿で濡れた顔をラフリンに向けた。
「将軍さまの尿……僕に掛けてください……干し肉を食った後だと、効果が出やすいと聞きました」
「何を……」
自分が一番分かっているではないか。
「ラフリン将軍がオークスに出ている間、尿で髪を脱色した男がいたんですよ。そいつの話を聞いたんでしょう」
「やめろ……こんなことをするな」
ラフリンは少年の肩に手を乗せた。尿が手に付いたが、気にしなかった。
「こんなことをしても、美しい色は手に入らない」
少年の髪はまだ黒かった。尿が蓄積され、髪にその効果が現れる頃には、二度と黒髪が生えることはない。
「黒髪は美しい。二度とこのような真似をするな」
少年は不満げな様子。
ラフリンは少年の黒髪を撫でると、胸にしまっていた干し肉を千切って少年の口に詰め込んだ。少年は身を硬らせたが、一噛みすると困惑したように目を剥いた。
「身体を鍛えろ。ここにいさせるのが惜しいと思われるような男になれ」
少年の瞳に光が宿った。
「そうすれば俺の隊に入れてやる。戦果を上げ、次は自分で肉を手に入れろ」
言った後、後悔がドッと押し寄せた。希望を与えてしまった。罪深いことだと、ラフリンは思った。
舎営を後にし、インフィンのいる離れへ向かった。胸に手を入れ、干し肉を触る。少し減ってしまったが、まあ良い。
小さな息遣いが聞こえ、伺うように中を見た。
「……っ」
寝台に腰掛けるソピンと、その下、ソピンの肉茎を口に咥えるインフィンの背中が見えた。ソピンは帳面を開いて、熱心に筆を動かしている。
「歯を立てるな」
「唾液をもっと出せ」
ただの指導だ。ラフリンはそう自分に言い聞かせ、這い上がった怒りを抑えようと努めた。
「上達するまで終わらんぞ」
ソピンは冷ややかに言う。
「お前の舌は、何のためについているんだ」
「ソピン」
耐えきれず、ラフリンは中に入った。ソピンの視線が帳面からラフリンに移動する。
「ああ、ラフリン殿」
インフィンは涙を浮かべ、ラフリンを向いた。その大きな瞳に、心臓がドクドクと波打つ。
「口淫の指導なら俺がやる」
指導者が変わるだけで、やることは変わらない。にも関わらずインフィンは救われたような表情を浮かべ、ラフリンを戸惑わせた。
二人きりになって、ラフリンが寝台に腰を落とすと、インフィンは不適な笑みでラフリンを見上げた。
「なんだ、気色の悪い」
インフィンの手がラフリンの下衣に触れた。
「初めてアンタのを見る」
改まって言われると羞恥に駆られ、下衣を脱がそうとする手を拒むように掴んだ。
「何さ」
「貴様は、余計なことばかり言う」
ふとインフィンの股間を見ると、軽く勃っていた。足先で触ってやると、インフィンは甘い声を漏らした。
「ふん、欲情しているのか」
冷ややかに、蔑みを込めて言ったつもりが、インフィンはラフリンをジッと見つめて頷いた。
「指導してくれるんでしょ?」
いやに積極的なインフィンの手が、ラフリンの下衣を剥いだ。ラフリンのそれが熱を持っているとわかると、インフィンは満足気に微笑んだ。
小さな、艶のある唇がラフリンのそれを含んだ。
「喉まで入れなくていいっ……比玄様のは、小さいからな……舌で、撫でる事を意識しろ」
インフィンは従順にこなした。
「……っ」
言ってもないのに、インフィンの手は精液を蓄えた袋を揉みしだいた。
ラフリンはどさくさに紛れてインフィンの頭を撫でる。絹のような柔らかさに驚いた。気安く触れてはいけないような気がして、手を離す。
インフィンが上目遣いにこちらを見た。陰茎を強く吸われ、快感が迫り上がる。我慢するのも悪い気がして、ラフリンはそのまま達した。
「んっ……」
インフィンがゴクリと喉を鳴らし、ラフリンは慌てて彼の頭を引き剥がした。
「飲むなっ!」
「デカブツには飲めって指導された」
「……比玄様のは飲まねばならん」
ラフリンはインフィンの濡れた口元を指で拭った。
「あいつのは飲みたくない」
ラフリンは思わずふふッと笑った。いかんいかんと、頬を引き締める。
インフィンはパカっと口を開け、ラフリンの陰茎に再び顔を埋めた。
「もう……いいっ……」
達したばかりのそこがまた固くなってきた。
インフィンは当然のようにラフリンの上にまたがった。
「貴様っ……なんの真似だっ!」
慌ててインフィンの胸を押す。同時に、インフィンに頭巾をひょいと下げられた。普段なら他人にけして触れさせはしないのに、気を抜いていた。
「ラフリン殿の顔、ちゃんと見たい」
そんな風に言われてじっと見つめられてはたまらない。ラフリンは頭巾で顔を覆った。
「あっ……んぅっ」
インフィンはちゃっかり腰を落とす。温かくて狭い場所に包まれて、口淫よりも熾烈な快感が湧き上がる。
「貴様っ……自分が何をしているかわかっ」
インフィンが唇を重ねてきた。こんなことが比玄にバレたら殺される……だけでは済まない。頭ではわかっていても、必死に自分を求めてくる男がかわいくて仕方がない。気づけばインフィンのほっそりした腰を掴んで揺さぶっていた。
「あっ……あっ、ら、ラフリンッ……」
「インフィンッ……」
ラフリンは煩わしい頭巾を剥いだ。どうせこの男には顔を見られているのだ。それにこの男は、ラフリンが慰み者だった過去を知らない。
「インフィン……俺の髪を、醜いとは思わないのかっ……この、土色の髪を……っ」
「んっ……」
インフィンは首を横に振った。嘘をつくなと、ラフリンは乱暴に腰をゆすった。
「あっ、ああっ……」
インフィンはラフリンの頭を抱え込んだ。喘ぎながら髪に顔を埋める。
ラフリンが動きをゆるめると、インフィンは言った。
「……あっ……だ、だって……は、ああっ……く、……栗、みたい……なんだもん」
「くり?」
インフィンはすん、と鼻を鳴らした。匂いを嗅いでいるのだとわかって、振り解こうと首を振るが、インフィンは子供のようにしがみついて離れない。
「栗……僕の一番好きな食べ物……蒸して、潰して、砂糖と混ぜるの」
ラフリンはふふッと笑った。この髪色への屈託が馬鹿らしく思えてきた。
「俺の髪は栗か」
「栗は嫌い?」
「ははっ」
幼い問いに、思わず吹き出した。
「栗は食ったことがないな」
「食べたことがない?」
不思議そうにインフィンが問う。どうやら座貫の家庭では、栗は一般的な食材らしい。
「本当に、栗を食べたことが、んああっ」
ラフリンは腰をゆすって誤魔化した。
「わかっているのか、インフィン? こんなことがバレたら、俺たちはただでは済まないぞ」
愛らしい唇に、噛み付くように唇を重ねた。
「んっ……」
「比玄様に問い詰められたらどうするつもりだ」
微笑みかけると、インフィンは困り果てたように眉根を寄せた。
「しっかり、洗って……バレないようにする」
「バレた時の話だ」
インフィンが抜こうと腰を上げたので、ラフリンはガッチリ腰を掴んで引き戻す。
「あっ、ん……ん、ああっ」
金髪の髪をそろそろと撫で、細い体を抱きしめた。柔らかい耳に顔を近づける。
「無理矢理、犯されたと言うんだ」
インフィンは駄々っ子のようにかぶりを振った。
そうか、嫌か。喜びが全身を駆け巡った。この美しい男は俺のものだ。誰にも、粗蛇にも触らせない。
「インフィン、俺は明日、都南に発つ。戻るのは半月後だ。その頃には色々と状況が変わっているから、俺が咎められることはない」
金髪の髪をそろそろと撫で、細い体を抱きしめた。
「インフィン、お前が心配だ。俺がいない間、比玄様の機嫌を損なうんじゃないぞ」
羽織の中から干し肉を取り出し、インフィンに握らせた。なんて柔らかい指だろう。剣など握ったこともないのだろう。
「これは鹿の干し肉だ。腹が減ったら食え」
何か言いたげな唇を唇で塞ぐと、インフィンは素直に目を閉じ、舌先を絡めてきた。
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